研究課題/領域番号 |
16K04080
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研究機関 | 都留文科大学 |
研究代表者 |
佐藤 裕 都留文科大学, 文学部, 准教授 (40534988)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | スラム / カースト / 都市労働市場 / 職業訓練 / NGO / 文化資本 / 社会関係資本 / ジェンダー |
研究実績の概要 |
本研究の目的はインド、アーメダバード市での現地調査を通して、スラム出身の若年層に対する就業力支援とその文化的帰結をジェンダー・宗教・カースト・階級をてがかりに検証することである。その1年目にあたる本年度は、NGOのSaath(サート)を中心としたNGOや大学、スラムで聞き取りをおこなうことにより、今後、Saathでの調査実施に向けた作業仮説を構成することに注力した。そのてはじめとして、Saathの職業訓練センターのうち市内に立地し、低カーストの男女が集うセンターおよびムスリムの男女が集うセンターの2箇所にて聞き取りをおこなった。同市のスラム出身の高等教育を受けた若年層をとりまく就業に関して、以下の知見を得た。 1つは、同市のサービス産業化にともない、従来インフォーマル部門に就業してきたスラム住民に対して就業機会の拡大がみられている点である。しかしながら、フォーマル部門に参入するスラム出身者のなかにも職業の選好が存在している。大型商業施設が進出するなかでセールス部門を中心にサービス職の需要が増す一方で、女性労働力を中心に低賃金化が進んでいることがその一要因である。 2つは、NGOによる職業訓練の困難についてである。フォーマル部門での就業機会がスラム住民にも拡大する一方で、労働市場への参加を阻む文化的要因がみられる。その1つが世帯と近隣を単位としたジェンダー規範である。伝統的に女子就労が広範にみられるヒンドゥーの低カースト集団に比べ、ムスリム女性においては女性隔離の規範が残存しており、NGOの職業訓練の課題でもある。 今後はSaathを拠点としてジェンダー・宗教・カーストに起因する職場内移動や階層移動の困難について実証していく。こうした属性による社会移動の困難から、グローバル化が深化する同市でのフォーマル/インフォーマル部門の分断と連続性を考察していきたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は、家族の入院にともなう看護と育児、そして校務の急増により、当初、年間に2回予定していたインドでの現地調査を1回に減らし、さらに滞在日数を減らさざるをえなかった。それに対して、報告者は以下の対応をおこなった。 まずは調査の拠点となるNGO、Saath(サート)の代表者・活動家との面会とメールでの交信を通して、調査計画に対して弾力的な助言を得たことである。当初は各訪問の際に1つの手法にもとづいた調査(当事者参加型調査、生活史調査、質問紙調査)をおこなう予定であったが、限られた日数の各訪問期間中に集中的に調査を実施する段取りができた。これはSaathが目下、同NGOのResource Learning Centreを通して調査活動に力を入れていることにも起因する。 つぎに、インド滞在中に現地の研究者との面会を重ね、大学への客員研究員としての受入に向けて奔走した。受入体制の不備やテーマの違いなどから当初は難航したものの、現在、開発社会学の研究者を擁するセントラル・グジャラート大学社会科学部社会経営研究センターと受入を交渉中である。受入が決定することで、インドの研究ビザ(Research Visa)取得が容易になり、現地調査の遂行のみならず、現地研究者との協働(セミナーでの報告、論文の共同執筆)が可能になる。 最後に、先行研究の渉猟と整理である。本研究は前回の科研費を受けた研究プロジェクト(アーメダバード市のスラム調査)と連続性があるものの、若年層に着目し、彼・彼女らの就業における文化的障壁を実証するという意味では、新規の文献整理が必要となる。文献の整理を進めることで、本年度に現地調査の面で遅滞した研究を前進させることが可能になる。
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今後の研究の推進方策 |
次年度には現地調査を中心に、以下のように研究を進めていく予定である。 1つは当事者参加型調査の実施である。8月と9月にそれぞれアーメダバード市を訪問し、NGOのSaathを拠点に聖ザビエル大学人的資源開発センター、そしてセントラル・グジャラート大学社会経営研究センターの協力を仰ぎながら質的調査を設計・実施する。調査実施先はSaathの職業訓練センターのうち2箇所(ヒンドゥーの低カースト地区とムスリム地区)で、中等・高等教育を受けた現役の訓練生と修了生の男女それぞれに対してグループ調査をおこなう。着目する点は、親世代の生業と貧困経験、学校教育と地域での交友関係、公教育およびNGOの職業訓練を経ての将来展望の変化、教育と職業訓練を促進ないしは阻害する「家族」と「近隣」の関係、就職や就業における文化的差別の5つである。とりわけ、英語が教育言語の私立学校ではなくグジャラート語やヒンディー語が教育言語である公立学校に通い、多くがインフォーマル部門の雑業に従事するスラムに居住することから、中産階級の性向や嗜好性を身につけなかった彼・彼女らが、カーストや宗教的属性とあわせて直面する差別を明らかにする。 2つは9月と冬季に実施する生活史調査で、学校教育から職業訓練を経て就職・就業にいたるまでの貧困経験・階層移動・中産階級との文化接触や差別経験を析出することを目的とする。そのうえで、アーメダバード市が経験した出来事、たとえば対ムスリム暴動(2002年)や2005年以降の大規模な都市再開発、それに付随する産業構造の変化に上記の個人的経験がどう対応しているのかを明らかにする意図もある。 3つは学会報告である。12月末のインド社会学会大会(All-India Sociological Conference)にて質的調査の知見を発信する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度には現地調査のためのインド渡航を2回予定していたものの、家族の入院と校務の激増にともない、1度のみの渡航に終止した。それにともない、当初予定していた3月の質的調査の実施が延期になったことから、予算案に計上した謝金(調査協力や通訳・翻訳)の支出が発生しなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度には夏季(8月~9月)にインドを2度訪問し、さらに冬季(12月~1月)そして春季(2月ないしは3月)にインドを再訪問することで、現地調査を弾力的に進めていく予定である。それにより、本年度に遂行できなかった質的調査(当事者参加型調査)を8月~9月に実施することができ、さらに9月と冬季に生活史調査を遂行する予定である。用いる手法が質的調査であることから、インタヴュー時の通訳そして記録したデータの翻訳(グジャラート語・ヒンディー語→英語)の量は膨大であり、それに見合った予算が必要となる。
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