本研究では、賀川豊彦ミッションの事業のうち、とくに農村社会事業における全国的展開のひとつの事例として静岡県域での同労者たちの事業展開について史資料やインタビューを通して実情を再現するとともに同地の3地域における比較を行うものであった。当初予定された地域のうち、島田市の取組については、極めて小規模かつアドホックなものであり長期的な事業成果を見出すことができなかったのに対し、賀川豊彦および賀川ミッションのなかでも営農分野の中心的存在であった藤崎盛一答の直接的関与によって立ち上げられた御殿場農民福音学校を継承する高根学園、賀川を代表者とするキリスト教修養団体イエスの友会の経済的支援によって起業した浜松の聖隷社(現在の聖隷福祉事業団)については、それぞれの特性を踏まえた比較分析を行うことができた。一方で、御殿場市に隣接する裾野市において同時期に岡本利吉により開校された農村青年共働学校について新たに比較対象として研究を進め、三者の対比として、御殿場(賀川ミッション中核事業の地方への展開がいかなる形で進められたを示す事例)、浜松(賀川の間接的支援の下で多様な主義をもったメンバーが立ち上げた聖隷社が長谷川保の指揮下で医療福祉分野における先駆的な病院事業を展開するに至った事例)、裾野(賀川と同時期に関東の労組下で消費組合運動の組織化を図った岡本利吉が賀川と同様の危機意識から窮乏する農村問題解決のために同じく農民学校を設立したが、それは賀川の農村事業との間に大きな方針上の違いをもつもとであった点)など、同時代の消費組合運動をはじめとした市民運動勢力が農村復興においてどのような解決策や思想を有していたのかが解明された。当初計画に対し、対象3地域のうち1地域に変更があったことで、研究そのものには遅れが生じたが、農村問題解決に向き合う同時代思潮を整理するという点では当初計画以上の成果を得られた。
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