研究課題/領域番号 |
16K04138
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
井上 信宏 信州大学, 学術研究院社会科学系, 教授 (40303440)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 互助 / 社会関係資本 / 地域包括ケア |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,長野県松本市の行政区(地区)を参与調査の対象として,地域社会が担いうる「互助関係」を明らかにし,地域資源を活用しながら高齢者等の生活支援を行うしくみを育成する方法のモデル化を試みるものである。 2016年度の研究によって,研究者・地区担当の専門職・地域住民代表(以下,地域支援グループ)が定期的に意見交換をしながら,関係者の語りを元に地域課題を整理するプロセスを共有することが重要であることがわかった。 2017年度の研究では,整理された地域課題の解決方法を考えるためのアプローチを検討した。モデル地区では,地域支援グループが高齢者の引きこもりが全ての生活課題の原因となっていることを確認し,それを具体的に解決する方法として,身近なところに集まれる「場づくり」を進める必要が見えてきた。そのためには,第一に人材育成のための勉強会を継続して地区で実施すること,第二に「場づくり」のためのコンセンサスを地区で作り出すこと,が重要であると考えた。具体的な「互助関係」を構築するために,地域住民(当事者)が主体化する方法を参与観察で模索することにした。 2017年度の研究は,①松本市内のモデル地区の調査を引き続き実施すること,②松本市以外の取り組みを調査すること,③社会関係資本の構築に向けた新たな方法を模索すること,の3つからなる。 ①については,Jo地区へ参与観察を行い,2016年度までに明らかになった地域課題をもとに,地域住民と共により身近なところに高齢者が集まれる場をつくることを目的とした取り組みを実行した。その結果,2つの町会で月1回定期的にサロンが開催できることになった。これまでの研究成果を元に,Hg地区・Jt地区・Mb地区でも地域支援グループを構成し,地区課題の整理,解決すべき課題の可視化,そのための社会資源の洗い出しを,地域住民と共に実施することになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第一に「松本市内のモデル地区の調査」という点では,それまでのJo地区以外に,新たにHg地区・Jt地区,Mb地区でこれまでの研究成果を踏まえた取り組みを新たにスタートすることができた。このうち,Hg地区では地域住民を中心に地域課題の整理作業を進めることができ,Jo地区同様の場づくり(町会サロン)が複数箇所で立ち上がっている。またHg地区では,そうした取り組みを積極的に支援している民生委員・児童委員が日頃の支援活動の困難を解決するために動き始め,地域の互助関係の再生の課題に取り組むようになってきている。そうした地区の取り組みについては研究者が継続した介入を行っており,それぞれの情報を収集することができている。 第二に「松本市以外の取り組みの調査」という点では,新たに長野県内の小川村と大桑村での聞き取り調査をスタートすることができた。小川村は,農村地区の暮らし方のなかに健康に繋がる社会関係資本があるのではないかという仮説で調査対象に選定した。高齢期の社会参加という観点では,道の駅を起点に高齢者の能力を活かした仕事の場の事例を深掘りする調査に継続して取り組んでいる。またUIターン者が小川村の暮らしに馴染んでいくプロセスを検証することで,互助関係が構築されていくプロセスを描き出す調査を継続している。 中山間地域の大桑村は,次第に弱くなっていく社会関係資本をどのように保全しているかをみるために調査対象に選定した。宿場町の建物を活用したサロンの立ち上げ話を深掘りするなかで,さまざまな制度の基準が社会資源の活用を阻むケースに直面し,活動の見直しを余儀なくされたという課題が見つかっている。 第三に「社会関係資本の構築に向けた新たな方法の模索」という点では,フューチャー・デザインという新しい考え方の研究に着手することができた。 地域住民間のコンセンサス形成の方法として今後検討する。
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今後の研究の推進方策 |
「松本市内のモデル地区の調査」という点では,引き続き,それぞれの地区への参与観察を継続することを予定している。 Jo地区は,地域住民との学習会から始まって町会単位の場づくりまで進めることができ,今後も継続した取り組み経験が積み上げられることが予想される。そのため活動を振り返ることができる時間もあり,「地域がどこまで相互扶助を担えるか」「高齢者の生活を支援するしくみを育成する方法のモデル化」に一定の成果を示すことができると考えている。Hg地区でも,場づくり(サロン)の活動経験を積み上げることができ,かつ民生委員の活動との併せての経過観察が可能である。場(サロン)で把握された生活課題をどのように解決に導くかということについては,Hg地区の取り組みのなかからモデルが抽出できると考えている。 Jt地区(比較的歴史のある地区で地区内格差が大きい),Mb地区(高齢化率が低く将来の高齢化の進展に備えた社会関係資本の構築を考えている)では,それぞれの地域特性に併せた取り組みからモデルをより精緻化する情報が収集できると考えている。また,こうした研究成果が他の地区にも広まる傾向にあり,最終年度も新たな地域での参与調査が可能になることが予想されるところである。 「松本市以外の取り組みの調査」という点では,継続して小川村,大桑村への調査を実施する。両地区の好事例を立ち上げたメンバーへの聞き取り調査を実施し,立ち上げのプロセスを描き出すための「物語」を考えたい。この2カ所以外に,長野県外の事例についても調査をしたいと考えている。 「社会関係資本の構築に向けた新たな方法の模索」という点では,フューチャー・デザインの研究を継続する予定である。フューチャー・デザインは,全く新しい討議方法であり,本研究で不可欠となる地域支援グループや地域住民主体のワークショップなどで活用できる可能性があると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
【理由】 2017年度は,松本市内で研究に協力可能なモデル地区が複数見つかったために,当該地区を中心に参与観察を重ねてきた。そのために,旅費を中心に次年度使用額が生じた。また,予想以上にモデル地区が選定できたために,当該地区への参与観察を優先させたために資料分析等の時間を確保することが難しかった。そのために,研究交流や成果公刊に向けた取り組みにかかる費用(研究打ち合わせの旅費,書籍代など)として次年度使用額となった。 【使用計画】 次年度使用分が発生することになった理由に鑑み,2018年度は松本市以外の取り組み調査を増やす計画である。また資料収集(文献,報告書等)を実施し,本研究を相対化する理論的視座を示す作業に取りかかる。
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