研究課題/領域番号 |
16K04255
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研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
石井 宏典 茨城大学, 人文学部, 教授 (90272103)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 同郷コミュニティ / 伝統行事の継承 / 母村と都市 / 年中祭祀 / 老年期 / 連続性 / 自然 / 沖縄 |
研究実績の概要 |
本研究は、沖縄の特定地域から国内外への人びとの移動と定着の過程を対象にした一連の調査研究を受けて立案されており、老年期の都市移住者によって編成された同郷コミュニティ(同郷会や同窓会など同郷人どうしの結びつき)と母村側との交流活動をとりあげる。なかでも、同郷コミュニティの成員たちの参加に支えられながら継承されている母村の伝統行事に着目する。仲間と連れ立って母村に足を運ぶ出身者たちは、自然の循環とともにあった子どものころのくらしとは大きく様変わりしたムラの現状に戸惑いながらも、現在も続く行事の輪に加わる。参与観察とインタビューによる実態把握をとおして、母村の伝統行事を継承することの意義を考察する。 初年度は、母村の行事の場における参与観察を中心におこない、あわせて中南部都市圏の同郷コミュニティへの参加を重ねた。それぞれの概要は以下のとおりである。 1. 母村の伝統行事への参与観察と中心的担い手へのインタビュー。本部町備瀬集落において8回の現地調査を重ねるとともに、辺名地および渡久地集落での予備調査を実施した。とくに備瀬集落のシニグおよび大御願という年中祭祀に着目し、供物の準備から執行に至る過程を詳細に記録する作業に取り組んだ。そして、豊作・豊漁を祈願するこれらの祭祀は、かつて自然から生活の糧を得る自給的なくらしと一体であったこと、また生活環境の変化のなかで参加者に連続性の感覚を与えていることなどについて考察した。 2. 都市圏で組織された同郷コミュニティの会合での参与観察および参加者へのインタビュー。備瀬出身者で構成される那覇の福女会と中部のほたる会の集いに計3回参加し、展開する語りあいの内容や相互行為の特質を見極める作業を重ねた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、沖縄島本部町内の集落をフィールドに、ムラ在住者と都市で編成された同郷コミュニティの成員とが協力し合って伝統行事を受け継いでいく過程に着目し、これらの共同行為が個人やコミュニティレベルに及ぼす影響について考察することを目的としている。なかでも、これまで調査を継続してきた備瀬集落を中心のフィールドと位置づけ、ムラ出身の女性たちが加勢することで成り立っているシニグ行事(旧暦7月20日~26日)については、準備から当日までの参与観察を3年間実施する計画を立てた。初年度はその計画どおり調査を進めることができた。 また、同集落で旧暦4月と6月におこなわれる大御願の場にも参与観察を重ね、この行事の継承が参加者にもたらす意義について、「自然との交わりの記憶―裸足と芋の世代が継承するムラの祭祀」と題した論文で考察した。神々とつながる場所で甘藷の神酒を供えて豊作・豊漁を祈願するこの行事に参加するのは、甘藷を主食とした時代に育った人たちが中心であった。昔どおりの手作業で神酒を作り、昔と変わらぬ場所に供えて拝み、昔と同じように共食し語らうという行為をとおして、過去と現在の重ね合わせが幾重にも促されていた。急激に変わった生活環境のなかにあって、伝統の行事を遂行するという共同行為によって連続性の感覚を醸成されていることがうかがえた。また、昔ながらの流儀を守ろうとする神人(女性司祭者)たちの姿勢は、農耕・採集、加工、料理といった自然から食に至る過程をなぞることを通して、自然の恵みの有り難さと、手間ひまをかけるからこそ訪れる喜びを共に味わいあうことの大切さを伝えていた。 他集落との比較のために、本部町の2つの集落(辺名地、渡久地)においても伝統行事場面で参与観察をおこない、中心的担い手へのインタビューを実施した。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度も、沖縄島本部町の備瀬集落を中心にして伝統行事の場面に密着するとともに、中南部都市圏で編成されてきた同郷コミュニティによる会合場面での参与観察および参加者へのインタビューを継続する。また、予備調査に着手した辺名地および渡久地の両集落においてもシニグ行事などでの参与観察を実施し、備瀬集落との比較を試みる。同郷コミュニティについては、これまでの研究成果を十二分に活用するために、備瀬出身の老年期女性たちによって編まれてきた2つの同郷コミュニティ(那覇の「福女会」および中部の「ほたる会」)を調査の中心に据える。 備瀬出身の同郷コミュニティの成員たちは、担い手の少なくなったムラのシニグ行事を成り立たせるうえで欠かせない存在となっている。また当人たちにとっても、母村の行事に直接的に関与することは、青年期に離れたふるさとに自己を再び繋ぎ止めようとする積極的な意味を含んでいる。現在もムラで続く伝統行事に参加し継承することは、過去と現在を結びつける連続性の感覚を彼女たちに与えている。今後もこうした視点をもちながら、同郷コミュニティの成員たちと母村側との共同実践をさらに深く考察したい。 また、土地や海の恵みを祈願・感謝するムラの年中祭祀は、自然から生活の糧を得る自給的なくらしと一体となって継承されたきたといえる。こうした観点から、現在もムラに残っている自給的ないとなみに目を凝らし記録するとともに、自然との交わりがさらに濃密だったかつての日々のいとなみについて、おもに老年期にある人たちから聞き取る作業を継続する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初計画していた現地調査の補助および資料整理のための費用については、研究者自身で調査と資料整理のすべてを担ったために次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度繰越分については、旅費に充てることで現地調査の回数を増やすことで研究をさらに充実させたい。
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