研究課題/領域番号 |
16K04299
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研究機関 | 愛知教育大学 |
研究代表者 |
弓削 洋子 愛知教育大学, 教育学部, 教授 (80335827)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 学級集団 / 多様性 / 学級経営 / 共通目標 / 発達障がい / 自律性 / 教師児童関係 / 家庭環境 |
研究実績の概要 |
本課題の目的は,多様な児童で構成された学級集団の経営方略として「あたたかい突き放し」の有効性を検討することにある。そのために,本年度は次年度の調査準備として,学級の多様性の意味の把握,調査結果検証の実験道具の開発,事例調査のための学級観察,および学級集団内の人間関係評定用の尺度開発の予備調査・実験をおこなった。 まず,学級の多様性の意味把握と多様性の効果検討のために,現職教員四十数名に質問紙調査を実施した。自由記述内容のKH Coderによる分析結果,多様かつ自律的協同学級は,学力格差や定型発達児と発達障がい児が混在する学級であるが,学級経営は各自できることはやらせつつ学級全体に共通の目標やルールに向かわせる「あたたかい突き放し」方略であり,一様かつ自律的協同学級での教師が方向性を示す学級経営と異なる方略であった。一方,多様かつ自律的協同的でない学級は,教師や児童ではコントロールできない家庭環境や生活習慣が多様であり,学級全体の共有目標が設定できず教師は個別対応であった。 第二に,実験道具の開発として,仮想学級場面を設定でき且つ児童の多様性を操作できるカードゲーム方式の「学級経営パズル」を試作した。大学生や教師対象に集団討議形式の実験をおこなった結果,様々な特性の児童がいる多様学級のほうが,学級全体で各自の力を生かして協力する形の学級経営案が提案されること,教員養成系大学学生のアクティブラーニングに効果的なことが示された。 第三に,事例調査のために,多様な特性の児童が通う情緒障害学級を観察し,発達特性が異なっていても共有の関心や課題が認識できる同級生とは,自ら交友関係を形成する試みを展開する様子が観察された。 最後に,自律的な協同学級を測定する尺度の一つとして新たに教師-児童関係尺度作成を試みた。試作中であるが,児童も能動的に教師に働きかける様相が測定できる尺度である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
理由は2点である。第一に,多様な児童で構成された学級集団の経営方略として「あたたかい突き放し」の有効性を検討するうえで,重要な「多様性」「一様性」の意味の再検討ができたこと,その再検討によって仮説がより明確になったこと,第二に,仮想学級集団実験の準備が開始できたことが挙げられる。 第一の理由について,当該課題の申請時は,今年度に質問紙による本調査の準備と実施を予定していた。しかし,学級経営する立場の教師にとっての学級の多様性・一様性とは何かについて,既存の研究は十分に検討していないことが,文献研究を通して明らかになった。今年度,教師を対象にした学級の「多様性」「一様性」の意味と学級の自律性の対応に関する探索的調査を通して,多様性のうち自律的協同学級の醸成可能な多様性とそうではない多様性という仮説の設定が可能になり,かつ仮説生成のうえで「共通目標」形成の可能性や「家庭環境」「生活習慣」という新たな視点が得られた。本調査の仮説が明確になり,今後の本調査実施が円滑に進められると確信した次第である。また,一様的な学級集団の問題として教師への依存を把握でき,仮説生成に活かせた。 第二の理由については,上記の実験道具「学級経営パズル」を開発することで,学級集団条件の操作問題に対応できるからである。この実験計画は当該課題申請時には予定していなかった。但し,従来の研究では,質問紙調査で学級集団の特性を把握し,特性要因に基づいて学級集団を群分けする場合,群の学級数に偏りが出る可能性があり,群間で調査結果を比較分析する際に分析結果の妥当性に十分配慮する必要が出る。このとき,分析結果をもとに「学級経営パズル」を使用して学級条件を操作し,集団討議の実験によって検証することで妥当性を担保する新たな計画を立てることができた。但し,この計画進行にあたり,集団討議実験ができる実験室の確保が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の計画は,小学校教師および児童対象の質問紙本調査に向けた準備と開始,「学級経営パズル」の試作品の再検討を中心に,事例調査による多様性と一様性の課題の再確認と,本課題の基盤となる「あたたかい突き放し」学級経営の実証研究のまとめと発表である。 第一に,質問紙調査の本調査の準備と開始である。まず,本年度の調査の分析結果をもとに,学級の多様性の評定項目として,学力・発達障がい児の在籍,家庭環境や生活習慣などを測る項目を作成し,教師の学級経営方略の評定項目を,弓削(2012)の指導行動評定項目を基盤として修正して使用する。また,学級集団内の共通目標・ルールの設定や,児童の自律性を評定する項目の作成などをおこない,一度,1,2学級対象に予備調査をおこなってから本調査を開始する予定である。 第二に,学級経営パズルのパイロット版作成と予備実験である。次年度以降にまとめる予定の質問紙による本調査の結果をもとに学級経営パズルによる実験ができるよう,実験手続きの流れや適切な集団人数の把握など,検討しておく。そのために実験室を確保する必要があるが,まず所属機関に協力を依頼し,無理な場合は外部の研究機関などに協力を依頼する。 第三に,事例調査を通して,児童の視点からの多様性の効用を把握する。教師の視点からの多様性の効用だけではなく,児童の視点から学級の多様性はどのような効用や問題があるかについて,多様な特性の児童で構成された情緒障害学級などの授業風景を観察したり,児童と交流したりすることを通して,理解し,調査研究に生かす。 第四に,本年度の研究成果を国内学会にて発表するだけはなく,本課題の基盤となる学級経営方略である,「あたたかい突き放し」が成立するメカニズムについての実証研究成果を国際学会にて発表し,国内外の研究者から様々な意見をもらい,研究に生かす。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していた質問紙調査の本調査を次年度実施に変更したことに伴い,質問紙作成に関わる印刷用紙代,郵送代,出張費などを次年度に使用することになったためである。
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