マズローの欲求階層構造水準に対応する処理が,記憶成績に反映されるというモデルの妥当性を検討した。欲求階層の最下層に位置する生存欲求が最も効果的であり,上位にいくほど効果的でなくなるという仮説を設定した。 偶発記憶手続きを用い,方向づけ課題では欲求水準に対応する質問を行った。記銘語の示す対象に対して,生存欲求質問(「生きるために必要ですか」),親和欲求質問(「人と親しくなるために必要ですか」)もしくは快-不快質問(「どんな感じですか(良い感じ-悪い感じ))を行い,評定尺度による回答を求めた。評定値の高い語の再生率では生存欲求質問を受けた場合が親和欲求質問を受けた場合よりも再生率が高かった。同じ手続きを用いて,生存欲求,親和欲求及び知識欲求に対応する方向づけ質問の効果を検討したが,この3者間に再生率の差は認められなかった。また,最も上層に位置する自己実現欲求に対応する質問(「自分を知るために必要ですか」)と生存欲求質問との比較では,後者が前者よりも再生率が良い場合と差がない場合があった。記銘語を反復提示して,同じ質問を繰りした検討も行ったが,質問間の再生率の違いは一貫していなかった。 主に意図記憶手続きを用い,記銘語対から1つの語を生存欲求規準(「生きるためにより必要なのは?」),親和規準(人と親しくなるために必要なのは?」,自己実現規準(「自分を知るために必要なのは?)及びメタ記憶規準(「より覚えやすいのは?」)で選択された語の再生率は,生存規準による選択語が他の規準による選択語よりも再生率が高かった。しかし,親和規準と知識規準による自己選択語の再生率には差はなかった。 手続きによる違いはあるが,生存欲求による処理の有効性は一貫していた。しかし,他の欲求水準に対応した処理の効果が記憶に反映されるという明確な結果は得られなかった。それ故,上記のモデルの妥当性は支持されなかった。
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