今年度は,過年度の研究成果をまとめ,報告書を作成した。 本研究課題の目的は,高齢者における運動抑制(motor inhibition)の問題を検討することにあった。研究の結果,高齢者では運動に結びついた神経システムの興奮を助長するような条件で誤反応率が高くなることが確認された。若年成人では,視覚刺激の誘導要因が強く影響していたこととは対照的であった。さらに,反応スピードとの関連からみると,高齢者では反応スピードが結果的に早くなるような条件で,誤反応率が高まる可能性がみられた。一般的に加齢に伴い,反応速度は顕著に低下することが知られているが,運動の抑制にとっては,加齢に伴う反応速度の低下は意味があることなのかもしれない。すなわち,運動性の神経興奮の拡大を避けるために,反応速度が全体的に遅くなることには,日常生活適応上の意味があるのかもしれないことが考察された。 さらに,(1)視覚刺激に誘導される運動は,反対側(誘導されない側)への試行を繰り返すことで,抑制できるようになった。これには年代差がみられなかった。試行の繰り返しによる学習効果は,加齢の影響をうけにくく,高齢者においても,衝動的な運動反応を抑える効果が十分期待されるものと思われた。(2)場所弁別課題に加え,色弁別課題を負荷することで,視覚刺激に誘導される,衝動的な運動を抑えることができた。ただし,この効果は若年成人に限定されるものとなった。 以上のことから,①高齢者にみられる反応速度の低下には補償的な意味があること。②運動抑制機能は,加齢効果を受けやすい面と受けにくい面があることが推察された。
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