研究課題/領域番号 |
16K04333
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研究機関 | 中村学園大学 |
研究代表者 |
野上 俊一 中村学園大学, 教育学部, 准教授 (30432826)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 自己調整学習 / 意思決定 |
研究実績の概要 |
平成28年度の研究計画は,期限のある自己調整学習場面で生じやすい課題の着手遅延とその結果として不十分な達成だった場合に,学習者が行う心的要因(自分の能力,課題の価値づけ,達成目標,等)に対する評価や操作に関する行動モデルを作成することであった。 まず,日常的な学習場面として期限のある自己調整学習場面における大学生の行動において実際に着手遅延が生じるのか否かを検討した。大学生120名を対象にA4判1枚のレポート課題(ルーブリックに基づいた自己評価と今後取り組む自己課題の計画)を課した。提出期限は2週間後に設定した。参加学生はレポートをシステムに登録することで随時提出可能であった。その結果,提出率が50%を越えたのは期限2日前であり,期限3日前の総提出数が全体の約70%という結果であった。したがって,提出期限に余裕があるにも関わらず,締め切り前に提出が集中することから課題の着手遅延は生じることが示された。 次に,なぜ着手遅延が生じるのか,逆に言えば,遅延させていたことを開始するという決定が行われるのかについて行動モデルについて考察した。無作為に抽出した学生20名を対象にレポート課題にかかった時間を尋ねたところ中央値45分(最小値20分,最大値120分)であったことから,課題の遂行に際して,課題の要求内容とその課題を遂行する自己の能力推定による大まかな課題遂行時間が見積りと遂行時期の決定がなされ,多くの場合,締め切りの直前にプランされたことが推測された。このプランニングの内実をプロスペクト理論における編集相と評価相に位置づけて考察し,特に編集相における操作要因を検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成28年度は,大学生を対象とした調査を実施し,期限のある自己調整学習場面で着手遅延に関する認知過程モデルについて検討した。実際に着手遅延が生じる課題を課して,その課題の提出率から価値関数モデルを作成しようと試みた。しかし,実験で検証できるレベルのモデル作成までは至っておらず,研究の進捗は計画に比べてやや遅れている。 ただし,モデル作成の過程で着手遅延におけるパーソナリティ要因の影響が明らかになり,モデルの精緻化において重要な発見であった。自分自身の課題遂行能力に自信を持てず,課題遂行中の内乱や外乱の発生を予想する者は早めに着手する傾向があり,反対に,課題遂行能力に対する不安を持たない者は課題着手を遅延させたプランを立てていた。個人特性としての楽観性とも関連していたが,課題固有の認知評価の可能性もあり,今後の検討課題である。 また,課題の着手遅延に関して,当初のプランとの比較が問題になることも明らかになった。プランとして着手を遅延しているが,プラン通りに課題を遂行する場合とプラン通りに遂行できずに先延ばししてしまうケースを区別する必要がある。そのためには,当初の計画通り,調査協力者に課題遂行のプランと実際の遂行との対比をさせることが不可欠であり,その方法として再生刺激法での検証が可能となるよう準備を進めた。 平成28年度では,課題遂行中の課題中断(あきらめ)や結果として不十分な達成だった場合における学習者が行う心的要因(自分の能力,課題の価値づけ,達成目標,等)に対する評価や操作に関する認知過程モデルについては十分な進捗が得られなかった。実際の文脈において不十分な結果になるような操作は倫理基準に抵触するため,実験室環境における検証ことを決定し,その検証方法(デザイン,課題,測定変数)についての検討は継続的に実施した。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度は,平成28年度の成果を踏まえて,(1)着手遅延(着手開始)の認知過程モデルの妥当性の検証と(2) 課題遂行中の課題中断(あきらめ)や結果として不十分な達成だった場合における学習者が行う心的要因(自分の能力,課題の価値づけ,達成目標,等)に対する評価や操作に関する認知過程モデルの検証を心理学実験により実施していく。 特に(2)については,再生刺激法を用いて,質問紙調査では得られないダイナミックなデータに基づいて,なぜ課題に取り組み始めたのがそのタイミングだったのか,なぜその順番で課題に取り組んだのか,自分の姿を動画で見る手続きにより,そのときの判断を想起しやすく,実験参加者なりの一貫した説明から,課題や自己,状況の変化を包括したメタ認知的視点の有りようを検討していく。 さらに,平成30年度に向けて,(1)と(2)の検討結果を統合して,行動が変化する瞬間として課題を取り組み出したタイミングと課題遂行をあきらめたタイミングの2つ臨界点(Tipping Point)に注目し,この行動の臨界を引き起こす原理をプロスペクト理論の参照点と価値関数(例えば,自己の課題遂行能力は期限が近づくにつれてインフレーションが発生し,それによって課題着手と遂行のモチベーションが維持される。しかし,ある時点で課題遂行の見通しが立たなくなるとインフレーションは収まり,あきらめにつながる。)によって構成される認知過程モデルの精緻化を進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
予定していた実験を平成28年度では着手できなかったため,実験に関連する備品の購入やデータ入力および実験手伝いの雇用を行わなかったため。また,予定していた学会出張をキャンセルしたため。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度は実験を予定しており,28年度に支出予定であった備品の購入およびアルバイト雇用を実行する。また,平成28年度の研究成果および平成29年度の研究成果を発表するための学会出張を行う。
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