VASで簡便に測定した医療不信の強さは,(a)破局化,疼痛生活障害,SCL-90-Rの対人感受性,敵意,妄想様観念,抑うつ,不安,身体化,強迫性,精神病傾向と正の相関を示した。(b)様々な対人関係の基盤となる愛着の他者観でなく,自己観と負の相関を示すという,予想外の結果を得た。(c)慢性疼痛を含む様々な心身症と関連が深いアレキシサイミア,特に感情同定困難が顕著だった。さらに,慢性疼痛患者で,背景変数を統計的に統制したとき,感情同定困難が抑うつを強めていた。その背後に,ネガティブな思考や感情に対し,無関係なことに注意を移す,他者の対処を参考にするといった対処が抑うつを低め,心配(別のネガティブな事を考える),罰(自らの思考や感情を否認する)といった対処が抑うつを強めていた。 最終年度には,上記のまとめとともに,罰・心配という非適応的な対処の動機を探るために,制御困難な思考に関する思い込みとの関連を健常群で探索した。こうした対処の動機はネガティブな思考をコントロールする過剰な責任感だった。また,医療における信頼と不信の質問紙について英文の先行研究の文献レビューを行い,信頼と不信には「AはBの最善の利益のために行動するか否か」という共通成分と,「AはBの妨げになるよう積極的に行動するという信念」という不信独自の成分があることが分かった。また,医療者だけでなく,保険会社,臨床研究,人種差別なども不信のテーマだった。これは米国特有の事情もあるため,我が国の実情に適合させた尺度開発が必要である。また,慢性疼痛の医療における信頼や不信の質問紙は未開発であることも分かった。 医療不信が,痛みの変数,心身の様々な症状はもちろんのこと,自己の発達(愛着の自己観),ネガティブな内的状態のコントロール(アレキシサイミアと思考コントロール)など,広範な変数と関連している実態を明らかにした。
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