平成30年度は、昨年度までに収集した箱庭制作過程における視線移動データのうち、砂箱内に一つのアイテムを置く場面において、アイテムの位置を決める過程での視線移動の分析(客観的に記録された視線移動の軌跡)と、その過程についての制作者自身による主観的体験の語りの対応について分析を行った。 結果、制作者によって語られる視線移動は、客観的に記録された視線移動の軌跡に比べ、細部が大幅に省略され、非常にシンプルなものとなる方向に「創作」される傾向があった。この点は、Martiら(2014)による視覚的探索課題における「実際の視線移動」と「報告された視線移動」で見られた関係と同様であった。 また、制作者自身には、自らの語りが客観的事実に反する「創作」になっているという自覚はないようであった。一方、制作者の語りを否定せずに聴く研究者の反応が、制作者の「創作」を支持し、「創作」された語りを実際に起きた体験として制作者に定着させる側面があることが推察された。 これまで、箱庭制作者の主観的な体験の語りを基にした質的研究が数多く行われてきたが、制作者自身に自覚化困難な行動の正確な記録(視線移動の軌跡)と制作者の語りの関係についてのデータに基づく検討は行われておらず、本研究で明らかになった内容は、質的研究によって明らかにされてきた「制作者の主観的体験」の性質について議論するきっかけを与えると考えられる。 また、箱庭制作者の体験は、その語りを聴く側の態度との関係で「創作」されるとも言える結果であり、このように客観的な事実に反する「創作」された語り(治療者も聴く態度を通じてその「創作」に与した語り)が、箱庭療法(あるいは広く心理療法)の治療的要因にどのような影響を及ぼしているのか、明らかにしていくことが今後の課題となるだろう。
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