研究課題
本研究の当初目的は,青斑核(LC)から前帯状皮質(ACC)へ投射するノルアドレナリン(NE)系が背側線条体の内側部と外側部の機能的バランスを制御し,報酬に基づく意思決定のモードシフトを実現する,という仮説の検証であった。そのために,①LCニューロンの活動操作(促進と抑制)を実現する新たな化学遺伝学的ツールの開発,②げっ歯類モデル動物を用いて意思決定のモードシフトを検討するための行動心理学的手法の開発,③線条体の機能的バランスを定量化するための手法の確立,④上記3つを併用した行動実験,の4つのステップを順次クリアする計画を立てた。平成28~29年度の研究において,無脊椎動物由来の陽イオンチャネルをマウスLCに発現誘導し,ACCにおける細胞外NE濃度の上昇がリガンド依存的に誘導されること,無脊椎動物由来の陰イオンチャネルをラットの中脳ドーパミン(DA)ニューロンに発現誘導し,側坐核における細胞外DA濃度の低下がリガンド依存的に誘導されること,のそれぞれを確認した。さらに,ラットにおいて意思決定のモードシフトを検討するための行動心理学的タスクの妥当性を検討し,適切なパラメータを得た。平成30年度初頭には,④までの完遂は時間的に難しいことが明らかになったので,最終的な目標を,③までの完遂に設定し直した。まず,ラットの行動タスク後に線条体全域において最初期遺伝子の発現を免疫組織化学により可視化,発現細胞の定量により,線条体サブ領域の活動比較が可能であることが示唆された。また,ラットのVTA DAニューロンに陰イオンチャネルを発現誘導し,用量を系統的に変化させながらリガンドを腹腔注射あるいは脳実質内に微少注入して,餌報酬獲得への意欲に及ぼす効果を検討した。これにより,標的ニューロンの活動抑制を実現するための最適なリガンド容量を確定した。
2: おおむね順調に進展している
今年度以前(平成28~29年度)に,以下の検討は終了していた。まず,ショウジョウバエ由来の陽イオンチャネルを遺伝子改変マウスLCに発現誘導し,ACCにおける細胞外NE濃度の上昇が,リガンド(脳実質内微少注入あるいは腹腔注射による)依存的に誘導されることを確認した。次に,センチュウ由来の陰イオンチャネルをコードするAAVベクターを開発,遺伝子改変ラットと併用することで,中脳ドーパミン(DA)ニューロンに発現誘導し,側坐核における細胞外DA濃度の低下が,リガンド依存的に誘導されることを確認した。さらに,ラットにおいて意思決定のモードシフトを検討するための行動心理学的タスクの妥当性を検討し,訓練試行数や強化スケジュール,報酬価値低下操作等の適切なパラメータを得た。これらの成功を受けた最終年度(平成30年度)では,行動タスク開始の80分後にラットをかん流固定し脳切片を作成,このサンプルの線条体全域において最初期遺伝子c-fosの発現を免疫組織化学により可視化した。発現細胞の定量により,線条体サブ領域(背内側線条体,背外側線条体,側坐核コア,側坐核シェル)の活動を非直接的に比較可能であることがわかった。また,ラットの餌報酬獲得への意欲(モチベーション)を定量するための新たな行動タスクを,行動分析学に経済学的な視点を導入することで開発した。その上で,先述した方法により,ラットのVTA DAニューロンに陰イオンチャネルを発現誘導し,用量を系統的に変化させながらリガンドを腹腔注射あるいは脳実質内に微少注入して,意欲に及ぼす効果を検討した。これにより,標的ニューロンの活動抑制を実現するための最適なリガンド容量の確定が完了した。
本研究の当初目的は,青斑核(LC)から前帯状皮質(ACC)へ投射するノルアドレナリン(NE)系が背側線条体の内側部と外側部の機能的バランスを制御し,報酬に基づく意思決定のモードシフトを実現する,という仮説を検証であった。この目的達成のための複数のステップ,すなわち,LCニューロンの活動操作(促進と抑制)を実現する新たな化学遺伝学的ツールの開発,げっ歯類モデル動物を用いて意思決定のモードシフトを検討するための行動心理学的手法の開発,線条体の機能的バランスを定量化するための手法の確立についてはほぼ達成できたと考える。今後は,これらの基盤技術を高度な水準で融合した行動神経科学研究を展開することで,研究代表者の作業仮説の実証的な検証が可能となった。具体的には,①無脊椎動物由来の陰陽チャネルをLCニューロンに発現誘導したラットを作成する,②ACCにおける細胞外NE濃度の変化が,リガンド依存的に誘導できることを確認する,③線条体内のサブ領域間の機能的バランスが,LCニューロンの活動操作により変化することを,c-fosをはじめとする最初期遺伝子群(ArcやNpas4)の発現を指標として検討する,④餌報酬により強化されたオペラント行動に対する餌報酬の価値低下の効果が,LCニューロンの活動操作によって変化するか検討する,のそれぞれの実験ステップを順次クリアすることで,LCニューロン-->背側線条体-->意思決定のモードシフト,という一連のプロセスの統一的理解を目指す。
研究代表者の所属機関の動物実験・飼育施設において,クリーニングを実施しなくてはならない事態が予期せず発生した。そのため,遺伝子改変動物の供給(自家繁殖)の一部が,計画どおりに進まなかった。予定どおりに進行しなかった行動実験のための消耗品購入費として使用する予定である。
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Neuroscience Research
巻: 135 ページ: 1~12
https://doi.org/10.1016/j.neures.2018.02.001