研究実績の概要 |
本研究計画では視覚運動情報処理における個人差の解明を目指している。これまでに行った心理物理学的実験結果および神経伝達物質の濃度解析結果から、運動視における個人差は視覚的注意のかかり方に依存する可能性が示唆された。そこで本年度は昨年度に引き続き、運動視における視覚的注意を検討する心理物理実験を行った。この実験では、視覚刺激を網膜座標上と環境座標上に提示し、運動方向同定課題及び光点検出という注意課題を同時に課すという二重課題を行った。この実験から、視覚的注意は環境座標において運動視に強く影響を及ぼすこと、そしてこの注意の影響には大きな個人差があることがわかった。視覚的注意の効果が網膜座標においてはみられなかったことから、視覚的注意がもたらす個人差は、環境座標上の表現が脳内で生成される高次過程において生じると結論づけられる。 この心理物理実験から得られたデータを元にして、成人の実験参加者において神経伝達物質の濃度をMRS(磁気共鳴スペクトロスコピー)により計測すると共に、上記の心理実験で用いた視覚刺激を観察中の脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)により計測した。その結果、神経伝達物質であるGABA(γ-アミノ酪酸)やグルタミン酸の濃度の高低と、運動方向判断における視覚的注意の効果との間には、相関関係がない可能性が示唆された。研究代表者らの先行研究(Takeuchi, et al., 2017)においては、高次脳部位におけるグルタミン酸の濃度と運動方向判断との相関関係を見出していた。しかしながら、視覚的注意の効果は神経伝達物質の濃度により説明できるという仮説は実証されなかった。ただし、時間的な制約から得られたサンプル数は統計的評価には十分だとは言い切れないために、結論づけるには今後の検討が必要となる。
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