研究課題/領域番号 |
16K04444
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
白水 浩信 北海道大学, 教育学研究院, 准教授 (90322198)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ジョクール / 百科全書 / 機能と実体 / キュヴィエ / 比較解剖学 / 脳力 / 能力 |
研究実績の概要 |
本年度も引き続き西欧における能力論関連文献について読解・分析をおこなった。これまであまり指摘されてこなかったが、フランス啓蒙思想の金字塔『百科全書』において、「能力(faculte)」に関する記事をルイ・ド・ジョクールが執筆している。当該記事によれば、「能力」は「力」であり、何事かをなす「可能性」と定義され、消化や睡眠といった身体機能、知覚、衝動、悟性、意志といった精神機能(fonctions)において敷衍されている。ジョクールによれば、「能力とは諸器官(organes)を動かしその働きを指揮する第一原因(La premiere cause)である」とされ、物質である身体を機能させる根本原因と捉えられている。つまり「能力」は諸機能を司る器官の体系としての有機体を説明するモデルであると同時に、有機体の諸活動をその根源において駆動している原因と見做されていたわけである。ジョクールの「能力」は機能的かつ実体的な概念であり、「能力」概念の両義的特徴をよく示している。諸能力に分割された人間本性を引き出し、統御しようとする教育統治論の原型を見出すことができる。 こうした18世紀啓蒙思想に表れた能力言説は、さらに19世紀にかけて機能本位の生物学において全面展開していたことが分かった。その点に関して海外にて実地調査し、膨大な骨格標本などを閲覧し、比較解剖学の影響について検討することができた。ジョルジュ・キュヴィエに代表される機能本位の比較解剖学(器官形態学)は、器官の外形のもと「能力」を実体として表象する傾向が顕著である。特に身体機能を表象する骨格と精神機能を表象する脳は重要であり、フランス自然誌博物館の比較解剖学コレクションによくそのことを伝えている。両者が結びつく頭蓋が人間の「能力」を読み解く鍵として重視されていたことは、本年度の海外実地調査の有意義な成果の一つである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度の研究計画では、当初、(1)西洋統治論の分類・整理による目録化、(2)西洋統治論における〈能力〉の現れ方に関する読解・分析作業を継承し、新たに(3)西洋統治論における生物学(有機体論)の影響について検討する課題を掲げていた。目録化に関しては概ね順調に作業を進めることができ、それを踏まえてフランス国立図書館にて史料閲覧を実施することができた。西洋統治論における〈能力〉の現れ方に関しても、『百科全書』の分析を通して、それが機能的かつ実体的な矛盾を孕んだ二重体として展開しつつあった点に注目することができた。さらに有機体論の影響という点に関しては、フランス自然誌博物館にて、生体の機能によって種を同定しようとする比較解剖学の学知に触れることができた。 これら本研究課題の主たる作業の進展に加え、(4)「education=能力を引き出すこと」という俗説の由来を確認するという総括的検討をも進めることができた。プルタルコス『子どもの教育について』の西欧諸語への翻訳過程を精査することにより、16世紀におけるeducationの語義・用法の変容を明らかにすることができた。 また連携研究者の協力もあり、日本語における「能力」と「脳力」の用法について検証することもできた。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き、西洋統治論の目録化とその分析・考察を進める。特に生物学なかんずく有機体論者の統治論に注目する。ただし18世紀以降の西欧的学知の細分化のなかで、統治と生物学を架橋する適切な史料を特定するには到っていない。ラマルクやキュヴィエの教育及び統治に関する主張に注目したい。特にキュヴィエは国家評議会、内務行政委員会、公教育委員会(1819-1820)等の要職を務めいていたことが分かっており、彼の教育及び国家統治に関する発言を収集する可能性を追求したい。 他方、生物学(有機体論)の影響にについては、比較解剖学という固有の学知の展開に焦点を絞り、生体を諸機能の体系として捉え、機能の発現が予め能力として実装されていると考える理論の構造と人間及びその社会への適用について検討する見込みである。
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