民主主義公共圏を構成する承認とコミュニケーションのあり方について考察を進め、多様性を内包した人間形成論の構築を行った。とりわけ、前年度に取り組んだ初期ハーバーマスの思想における民主化を目指した教育と人間形成論に関して、当時のドイツにおける教育学と批判理論の関係に関して、さらに追加の調査・分析を行った。当時の教育実践家は、アドルノの思想や言葉に影響を受け、その思想の流れの一端として生徒の自治活動の拡大やハーバーマスの思想を受け入れた状況であった。批判理論に基づく教育理論は、フランス思想と接続した教育理論と比較すると旧い内容として当時の若手研究者に映ったことも明らかになり、新しい解放概念の理論的提供者のランシエールと批判理論の今日的な代表者のホネットとの対談を手がかりに、多様性を内包した人間形成の理論の考察を進めた。両者の大きな理論的差異は、政治的主体とアイデンティティとの関係、討議が発生する動機にある。承認をめぐる闘争としてのコミュニケーションは、ある規範を実現する制度が十分でない場合やその規範が不当な場合などに生じる。平等を前提とすることによって見えてくるのは、偶然現れる、言葉の前にある声や音が秩序をかき乱すという政治の役割である。別様であることの潜在性を含めた多様性と差異の現れを可能にするには、そのような感覚と言語の間を拓く空間が重要となる。感覚と言語の間に発生する空間は、誰かにコントロールされるのではなく、偶然内部から発生するため、主体の形成としては非線形なあり方である。
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