研究課題/領域番号 |
16K04505
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
越水 雄二 同志社大学, 社会学部, 准教授 (40293849)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | フランス市民教育論 / ルソー / エルヴェシウス / ギゾー夫人 |
研究実績の概要 |
本研究は、〈市民教育論〉の形成という観点から近代フランス教育思想の展開を考察する試みであり、18世紀の著名な教育論を再解釈する作業と、日本では未知の19世紀の史料を新たに解明する作業を並行して進めている。二つの作業の本年度の成果の概要を以下に記す。 まず、18世紀教育論の再解釈では、前年度に考察したルソーの『エミール』(1762)以前に公刊されていた、エルヴェシウス(1715-1771)の『精神論』(1758)における「教育論」を検討した。それは『精神論』全巻を締め括る第17章に置かれた点が興味深い。そこでは、人間精神に関わる考察を踏まえて、当時の学校教育の在り方が批判的に論じられた。エルヴェシウスは貴族やブルジョワの子弟が学ぶコレージュの教育が「死語」のラテン語を中心とする点を批判し、それに代えてフランス語、物理、歴史、数学、道徳、詩学などの教育の必要性を説いた。ただし注目すべきは、彼が教育の模範を古代ギリシアに求め、古典人文学の意義は否定していない点である。 次に、19世紀史料の新たな解読では、本年度からギゾー夫人(1773-1827)の作品解読に着手した。日本では明治以来、フランス七月王政期に文相や首相を務めた歴史家ギゾー(1787-1874)は著書とともに知られてきたが、彼の最初の妻エリザベス=シャルロット=ポラン・ド・ムランElisabeth-Charlotte-Pauline de Meulanについては全く知られていない。彼女は革命期に文筆活動を始め、子どもや親を対象とする読物や教育論を発表していた。没後に夫が公刊した『道徳論』(1828)の中には「教育論」も含まれており、同時代人はその独自性を高く評価していた。啓蒙思想とフランス革命の精神を継承しつつ、宗教性を否定はしない道徳を求めていたギゾー夫人の著作は、当時の〈市民教育〉論の形成を探る観点から興味深い。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、フランス市民教育論の形成を探る観点から、18世紀の著名な教育論として1年目にはルソー、2年目にはエルヴェシウスを主に検討してきた。これを通じて、筆者が日本では本格的に研究されていないシャルル・ロランの教育論について独自に解明してきた内容が、ルソーやエルヴェシウスの教育論をめぐる新たな解釈へも活かせると考えられるようになった。パリ大学とその付属コレージュにおける慣行に根差していた自由主義的な教育思潮を、フィリップ・アリエスは夙に「ロランのリベラリスム」と呼んでいたのである。 今年度は、その点を明確にして考察を加えるため、シャルル・ロランにおけるリベラリスムをテーマとする学会発表を行うことができた。次年度には、その発表内容を学会誌に投稿することと、さらに、フランス教育思想に認められる自由主義的な思潮の系譜をルソーやエルヴェシウスにおいても検討し、これらの成果に基づいて19世紀へかけての市民教育論の形成過程を解明していくこととする。 以上の研究成果と今後への展望とが得られたことから、現在までの進捗状況は「おおむね順調に進展している」と自己評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
4年計画の本研究は、次年度から後半の2年間へ入り、フランス市民教育論の形成に関する新たな研究成果をまとめる段階へ進むこととなる。 この段階で特に推進していく課題は、筆者がシャルル・ロランの教育論の研究に基づいて捉え直してきた18世紀の教育思想に認められる自由主義的な思潮が、19世紀に見られた教育思想の展開と学校教育の現実の制度化において、どのように受容されていたのかを解明する作業となる。と言うのも、それらの両面において、〈市民〉を育成することは重要な課題と認識され、それゆえに論争と試行の対象になっていたからである。 そうした歴史を探るために好適な史料が、本研究の計画段階から過去2年間の取り組みを通じて調査を進めてきた、ギゾー夫人による教育関係の著作である。今後も彼女の作品の内容を検討すると同時に翻訳する作業も進めて、フランス教育史の新たな一面を描き出しながら、市民教育論の形成に関する考察をまとめていく方針である。
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