研究実績の概要 |
これまで採取したデータから教師の学習の様態を明らかにするための分析枠組みを検討した。分析枠組みの設定にあたっては、状況的学習論の流れをくむ、「越境」論を参照した。小中一貫校の開校準備の過程は、小中一貫校をめぐって可視化された多様な境界を超えていく過程であるといえる。境界とは、「言語的、技術的道具や規則や制度、暗黙的な前提や慣習や関心、資格、制度、その他扱う媒体、それらが複雑に絡み合って生じる社会的構成物」(香川, 2015)である。開校準備過程では、小学校と中学校、学校と保護者、学校と地域、地域と行政といったアクターがそれぞれの意思の実現を志向することと協働的に活動し新たな境界を生成しようとすることとの間で葛藤が生じた。そこでの「人やモノが複数のコミュニティをまたいだり、異質な文脈同士がその境界を越えて結びついたりする過程を、さらにはそこで起こる人々やモノの変容過程」(香川, 2015)を越境という。すなわち、設置準備を小中の教師が行うことは異なる文脈をまたぐ段階(文脈間の横断)といえる。語りにおいて、小中が足並みをそろえることの困難や異校種文化への違和感がみられたのは自文化の前提のゆらぎのあらわれであり、それとともに義務教育としてめざすべき姿が語られたのは、境界を感じつつも放置している状態とみなすことができる(文化的動揺と抵抗)。さらに、一部の教師たちの語りは1年目であるにもかかわらず自文化を相対化したり、他文化を受け入れたり、新たな学校文化を生成することを志向する内容を示していた(異文化専有と変革)。そこで生成される知は小中一貫教育についての知(知のローカライズ)であるとともに、学校教育についての新たな知(越境的対話の拡大)であるということもできる。この過程を教師の学習と見なすことができ、よって小中一貫校の開校準備は教師の学習の契機となっていたと考えることができる。
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