研究課題/領域番号 |
16K04591
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研究機関 | 中村学園大学 |
研究代表者 |
圓入 智仁 中村学園大学, 教育学部, 准教授 (00413617)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | タイ / ルークスア / ナショナリズム教育 / ラーマ6世 / ラーマ7世 / 立憲革命 / 人民党 / 第2次世界大戦 |
研究実績の概要 |
研究4年目である令和元年(平成31年)度は、主に①タイにおける資料探索と、②研究成果のポスター発表を行った。 ①本研究に関連する資料について、タイのチュラーロンコーン大学図書館にて探索と複写などを行った。図書館本館の開架書籍、希少本書庫(Rare Books)における書籍、教育学部図書館の開架書籍の他、教育課程研究室、青少年関連書籍コレクションの蔵書を、それぞれ確認した。その結果、いずれもタイ語書籍の『7世王とルークスアの歴史』(1961年)、『タイ王国ルークスアの中央会議資料』(1915年)、『タイのルークスアの百科事典』(2011年)、『6世王時代のスアパーとルークスア』(1971年)などの本を発見し、必要部分を写真撮影した。 ②本研究のこれまでの研究成果を、全国のボーイスカウト関係者が年に1度集まる「全国大会」でポスター発表した。その具体的な内容は、以下の通り。 1911年に当時のラーマ6世王が創設した「ルークスア」を、1925年に王位を継いだラーマ7世王も存続させた。存続の理由として、ルークスアがボーイスカウトという世界規模の組織の一部であることや、7世王自身が王としての求心力を高める思惑を持っていた可能性がある。1929年には3回目となるボーイスカウトの国際大会にタイ人を派遣し、1931年には国内で指導者養成を本格的に開始した。 1932年の立憲革命後、ルークスアは海軍の将官が長を務める、教育省体育局の所属として存続した。翌年には体育局の下にルークスア課、海のルークスア課、訓練課がそれぞれ設置された。その後も1930年代は、主に留学生が海外のボーイスカウトの国際大会に参加していた。 1943年、ユワチョンタハーン(青少年義勇軍)に関する法律の成立により、ルークスアは徐々に、国防省管轄のユワチョンに改変され、財産も移管されていった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
これまでの報告書でも記載したとおり、平成29年度から、付属幼稚園の実質的な園長職を兼務しており、研究に充てる時間を確保することがほとんどできていない。タイへの調査出張や、国内出張をするための数日のまとまった日程を確保することが困難なだけでなく、日々、様々な園務に追われている。そのため、当初の計画よりも進捗が大きく遅れている。
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今後の研究の推進方策 |
大学の教員と兼務する幼稚園長としての職務に加えて、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、研究に取り組む時間の確保や、タイに渡航しての調査実施などは、極めて難しい状況にある。 このような状況でも、来年度は少しでも時間を確保して、これまでに収集した資料に基づく研究の成果を報告書にまとめたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究1年目より今年度まで、当初の計画通りにタイへの調査出張や、国内での調査出張や学会発表のための出張をすることができなかった。これらにより、未使用額が大幅に増加してしまった。 次年度は新型コロナウイルス感染症の影響により、タイへの渡航が叶わないばかりか、国内でも県を越える移動の自粛、学会の中止やオンライン開催により、国内出張の機会も激減するものと予想している。 そこで、もっぱら、これまでに収集した資料の分析と、本研究の報告書の作成に取り組むことになり、そのための書籍などの購入費用に充てることを考えている。
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