研究課題/領域番号 |
16K04613
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研究機関 | 石川県立大学 |
研究代表者 |
石倉 瑞恵 石川県立大学, 生物資源環境学部, 准教授 (30512983)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ジェンダー / チェコ / 高等教育 / 女性研究者 / 意識変容 / 欧州研究圏 |
研究実績の概要 |
科学アカデミー「ジェンダーと科学のためのコンタクト・センター(以降コンタクト・センター)」は、女性研究者への支援、意識向上、研究、ロビー活動等に取り組み、個人の意識変容を通して組織と制度の変容を実現することを目指している。そこで、コンタクト・センターを訪問し、日本とチェコの女性研究者のライフコースについて議論を行い、比較研究の可能性についても検討した。さらに、コンタクト・センターが蓄積した女性研究者の「声のデータ」を活用し、チェコの大学において女性研究者がフェイドアウトする要因を明らかにした。 チェコの大学では、講師では男性研究者と女性研究者の比率は4:6と女性の方が多いが、助手になるとその比率は逆転し、上級助手以降、女性研究者の割合は激減する。男女比は、準教授で3:1、教授では17:3である。女性がキャリア形成の途上でフェイドアウトする背景には、チェコ社会に根強く蔓延する保守的な性役割認識、「3歳児神話」的通念、および女性の職業上の成功は、家庭・子育てとの両立が実現している状態を指すとする社会通念がある。すなわち、チェコの女性は、キャリア形成と同時に出産育児を経験することを指向するということであり、出産育児世代になると、育児のためにキャリアを中断することが公然として求められる。ところが、育児による中断の可能性のある女性は、期限のない研究職を得ることが困難である。女性が得やすい期限付き契約はそれ以降のキャリア継続への可能性を低くすることになる。女性研究者が大幅に減少する上級助手は、育児世代であることを考慮すれば、女性自らが別の進路を選択し直す分岐点にあたるとも考えられる。 この調査・分析において、チェコのジェンダー研究の方向性、及びジェンダー・バイアスの基底としての「3歳児神話」等日本との共通点を見出すことができ、比較分析の観点を明確にすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
29年度の研究のねらいは、第一に、チェコ国内におけるジェンダー研究の現状調査であった。欧州研究圏構想(2000年)以来、欧州委員会は、競争力向上の鍵が女性研究者の流動性を高めることにあると提言してトランスナショナルなネットワークを構築し、ジェンダーに起因する差別や不平等を解消するための研究協力を推進している。コンタクト・センターはその流れの中で設立され、チェコ国内のジェンダー研究の中心として国際連携を担う位置づけにある。コンタクト・センターにおける調査・議論を経て、ジェンダー研究及び問題解決の手法は、女性研究者個人の経験の中から問題点を抽出し、その問題を女性研究者、チェコ社会、ヨーロッパで共有し、組織的変容へと働きかけるという方向性にあることを明らかにした。社会主義期に「制度」に支えられた女性解放と、制度崩壊に伴う女性問題の顕在化を経験し、トップ・ダウンによる改革、帰納的手法の危険性を熟知しているゆえに、問題へのアプローチは、ボトム・アップによる演繹的改革であるとの見解に至り、第一のねらいは十分に到達することができたと考えられる。第二のねらいは、女性が減少する分野・大学に焦点化し調査をすることであった。コンタクト・センターにおける調査・議論を経て、コンタクト・センターが蓄積した「女性の声」のデータを分析する作業にとり組んだ。その意義は、2000年から10数年間にかけてのデータを活用し、ジェンダー・バイアス、社会認識として「不変」の要素を抽出し、ジェンダー・バイアスの基底を探ることができた点、さらに、比較研究へと発展させるための新たな視点を見出すことができた点である。比較研究に向けての予備調査としてプラハ化学技術大学に類似した日本の大学における調査が必要であることが明らかになり、現在その調査も進行中である。そこで、「おおむね順調」と考えた。
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今後の研究の推進方策 |
30年度のねらいは、これまでの分析に比較の視点を入れること、昨年度の分析を通して導いた結論に多層的な解釈を付与することである。第一の点では、コンタクト・センターが2000年代初頭から蓄積してきた声のデータを日本人女性研究者の「比較」の視点で読み解き、さらに比較の観点から設定した調査を行う作業が中心となる。第二の点では、女性研究者の経験を個別に分析して世代毎の問題の相違や学問分野がもつ問題等を明らかにし、ジェンダー・バイアスの基底として一括に把握していた点への多層的な解釈を付与する作業が中心となる。 そこで、9月までに現地調査を実施する。現地調査での主な活動は、コンタクト・センターでの解釈に関する議論となる。学生から研究者へと女性の割合の減少が最も大きい化学技術大学の比較対象として日本の理系女性研究者のライフコースについてデータを提供し、社会・大学文化、ジェンダー・バイアスについて日本との類似性と特異性を検討する。さらに、コンタクト・センターが蓄積した声のデータを補うために、チェコの視点に欠如していた視点を加味した調査項目を作成し、コンタクト・センターの協力を得て調査を実施する予定である。現地調査以降は、それまでの分析を総括し、チェコ大学の女子学生、及び女性研究者を巡るジェンダーの問題を大学が包摂する文化・制度的問題と女性研究者のジェンダー認識という観点において、日本との比較の視点を交えてまとめる。 現在、女性研究者の経験を個別にとらえる作業を進行中である。6月の日本比較教育学会でジェンダー・バイアスの多層的解釈に関する報告をした後に、論文にまとめ石川県立大学紀要に投稿する。さらに、最終的なまとめについては、31年度の日本比較教育学会での報告、『比較教育学研究』への論文投稿という形で公表するとともに、コンタクト・センターへ提供し、今後の日本・チェコ比較研究への橋渡しとする。
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