本研究では、半導体スピントロニクスにおけるスピン流注入源等への応用が期待される希薄磁性半導体、主に分子線エピタキシー法によって作製したII-VI族半導体ZnTeにCr、Fe、Mn等の磁性元素をドープした系を対象として、スピン偏極走査トンネル顕微鏡 (SP-STM) を用いて磁性ドーパント周りの局所的なスピン偏極状態を観察することで、その磁性の起源を明らかにすることを目的として研究を行ってきた。 昨年度までに、ZnTe(110)劈開表面上に形成されたCrペアのSTM観察から、その明るさはCr原子が隣接する方位および距離によって変化することが確認されている。これはCr間にはたらく磁性相互作用の異方性を反映していると考えられる。 この結果を踏まえ、最終年に当たる平成30年度は、具体的なSP-STMの実現に向け、磁性探針の作製および新たにFeおよびMnを吸着したZnTe(110)表面のSTMの観察を行った。磁性探針としてはCr細線を電界研磨したものおよびFeを真空蒸着によりコーティングしたタングステン探針を作製した。 筑波大学重川武内研究室にあるomicron社製の低温STM (LT-STM)および磁場印加型低温STM (TESLA) を用い、約8Kにおいて、ZnTe表面上にCrおよびFeを吸着した試料に対し、STM観察を行うことに成功した。 一方、実験と並行して行った密度汎関数法による理論計算では、ZnTe(110)表面上で[110]方向で隣接したCr原子間に強磁性的な相互作用がはたらくのに対しFe原子間には反強磁性的な相互作用がはたらいていることを示唆する結果が得られた。 これらの結果から、さらに、今後、SP-STMにより、孤立および隣接吸着した磁性ドーパント周りの局所的なスピン偏極状態を原子スケールで観察することで、その磁気特性の起源を明らかにすることができると考えられる。
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