研究実績の概要 |
本年度は,多重量子井戸(MQW)におけるスピン緩和時間の温度依存性から電子及び正孔スピンの特徴を測定・考察し,その知見を結合量子井戸(CQW)でのスピン緩和時間評価に用いることにより,CQW内での電子及び正孔スピン緩和時間の評価を行った.またこれらに並行して,空間位相変調器(SLM)を用いたz偏光形成のための光学系の構築を行った. はじめに,幅4, 8, 12 nmの量子井戸が20層積層されたMQWを用いて,円偏光,直線偏光におけるスピン緩和時間の温度依存性測定を行った.円偏光と直線偏光により形成された偏光成分はそれぞれ異なる温度依存性を示したことから,円偏光と直線偏光により形成されるスピン状態には大きな違いがあり,形成されたスピンが受ける緩和機構も異なることが実験的に明らかになった. 次に,同様の手法をCQWに適用することで,CQW中の正孔がもたらすスピン緩和時間への影響を考察した.CQWの測定結果からも円偏光励起により二段階の緩和が確認できたが,CQW幅15 nm井戸での長い緩和時間は温度とともに増加していることから,MQW同様DP効果に従う電子スピン緩和時間であること,CQW幅10 nm井戸での長い緩和時間は温度増加に対して減少傾向が見られることから,価電子帯のバンドミキシングの影響を受けた正孔スピン緩和時間であることが推定された.MQW中では十数ピコ秒程度だった正孔スピン緩和時間が,電子スピンの影響を排除したCQW幅10 nm井戸中では200 ps程度まで長くなっていることが分かった. 以上より,試料構造を工夫することにより,正孔スピン緩和時間制御が可能であることが分かった.スピンの重ね合わせの制御においては正孔スピンが重要であるため,スピン間相互作用を利用したz偏光によるスピン及びその重ね合わせの操作においても非常に重要な知見を得ることが出来た.
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