研究課題/領域番号 |
16K05002
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
山内 知也 神戸大学, 海事科学研究科, 教授 (40211619)
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研究期間 (年度) |
2016-10-21 – 2019-03-31
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キーワード | 固体飛跡検出器 / イオントラック / 検出閾値 / ポリアリルジグリコールカーボネート / ポリエチレンテレフタレート / 赤外線分光 / 潜在飛跡 / 高分子 |
研究実績の概要 |
高分子系エッチング型飛跡検出器であるポリエチレンテレフタレート(PET)とポリアリルジグリコールカーボネート(PADC)の検出閾値付近におけるイオントラック構造の変化を明らかにした。PETについては、それを構成するカルボニル基やエチレン基、芳香環が失われる放射線化学収率が検出閾値付近でステップ状に増大することを見出した。同様の傾向はHeとCイオンの差異としては知られていたが、今回は新たにBイオンを照射したPET薄膜のスタック中にこのステップを見出した。カルボニル基とエチレン基のステップは250 eV/nmにあり、芳香環のそれは270 eV/nmと後者の方がやや大きい。カルボニル基を含むエステル基が最も放射線感受性が高く、連続する2つのエステル基の損傷によって間に挟まれたエチレン基や芳香環が系外に失われると見られる。トラックの径方向の広がりが一定の値よりも大きくなるとエッチピットが生まれると考えられるので、2個以上の2次電子による2カ所以上の分子切断がその必要条件であるとのモデルが支持される。PADCにおける検出閾値と損傷パラメータとの関係はやや複雑である。放射線感受性の高いエーテルとカーボネートエステル基は阻止能が低いほど放射線化学収率が高くなるという他の高分子には見られない特異な傾向を示すが、CH基に着目すると同様の傾向ではあるものの、検出閾値周辺でステップを伴っていることを認めた。検出閾値よりも低い阻止能ではCH基損失の収率が高く、ピットが生じるより高い阻止能域では同収率は低い。ピットが生まれない方が収率が高いのであるが、この一見矛盾した結果は、ピットが生まれない条件で失われるCH基は繰り返し構造内の感受性の高い官能基に挟まれたエチレン基のものであり、ピットが生まれるには耐放射線性のある重合によって生じたポリエチレン状の骨格に一定の損傷が必要であると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
PADCについてはHeイオンに対する検出閾値を求め、エーテル基やカーボネートエステル基、メチン基、メチレン基の放射線化学収率を評価することを計画していた。ともにCH基として記述されるメチレン基とメチン基についてはモノマーにはメチン基が存在しないことを利用して帰属は求めたが、同収率を決定するには至っていない。29年度における研究課題として実施する。 PETについては、HeとB、Cイオンについての分析を行う計画であったが、これについては予定どおり分析を終え研究発表できる段階に進んでいる。29年度に国際会議で発表する。 PIについてはFeとKr、Xeイオンについて検出閾値と化学的損傷パラメータを求める計画であった。この分析については通常の赤外線分光ではなくて顕微赤外システムを活用する計画であったが照射前後に同じ位置を十分な正確さと精度で計測する為の工夫が必要となっている。その原因はPIの試料内に認められる暑さあるいは密度の不均一性である。ビームのサイズは数mm直径であるが、直径1 mmの赤外線分光用コリメータを導入したので顕微システムとともにこのコリメータを利用した通常の赤外線分光による分析も合わせて実施する(29年度)。検出閾値の決定は予定どおりに行われた。 このようにイオントラックの構造分析はもっぱら分析化学的な方法で実験的に進めているが、モンテカルロ計算コードGeant4-DNAを利用した計算を予定どおり開始し、HとHe、C、O、Feイオンのトラック構造をあるエネルギーについては評価した。計画では当該年度に70 MeVのHイオンの2次電子飛跡構造を求める予定であったが、それを上回る 以上より、おおむね順調に進展しているとした。
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今後の研究の推進方策 |
PADCについて、Cイオンに対する検出閾値を求め、放射線化学収率や実効的トラックコア半径、損傷密度などの化学的損傷パラメータを評価する。準相対論的なエネルギー領域になるので2次電子のエネルギーも高くなるが、その広がりをGeant4コードにて評価し、従来の実験の枠組みで進めて良いか否かを検討する。重合によって生まれているポリエチレン状のネットワークには三叉路が存在し、そこにのみメチン基がある(ここ以外は全てメチレン基)。このメチン基に着目した分析を展開し、繰り返し構造を超えた損傷の広がりを理解する。 PETについてはFeやKrイオンを対象にして準相対論的なエネルギー領域での分析を行う。 PIについては、従前の計画にしたがって、FeとKr、Xeイオンについて検出閾値と化学的損傷パラメータを求める。手法としては顕微赤外システムおよび直径1 mmのコリメータを利用した通常の赤外線分光分析を利用する。PIの不均一性について定量的分析を試みる。 PADCのガンマ線や電子線照射実験から、線量依存性よりも電子数に着目した損傷評価が重要であることが示されている。すなわち、エーテル基の損傷は1本の電子によって生じるが、カーボネートエステル基の損傷は最も近いエーテル基が損傷を受けた場合にのみ発生する。そこでGeant4-DNAの計算については、局所線量だけでなく、電子の個数を評価する。通常の粒子フルエンスはある半径をもった球面を通過する粒子数として定義されるが、イオントラックはイオンの進行方向に対して基本的には軸対照なので、ある半径をもった円柱を想定しその側面を通過する2次電子の数を評価する。この新しい物理量がイオントラックの性質や飛跡検出器の応答特性を記述する可能性を詳しく検討する。 2017年8月から9月にかけてストラスブール大学において開催される国際会議に成果を発表する。
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