研究課題
短寿命不安定核57Mn(半減期 1.45分)を直接測定試料に導入した後、β壊変で生成した57Feの第一励起準位から放出される14.4 keVのγ線をオンライン測定する手法をインビーム・メスバウアー分光法という。この手法は、申請者らが独自で開発したもので、極端な希薄濃度で孤立した57Fe原子であっても、その電子状態や配位環境を高感度で測定することができる。本研究は、固体水素をマトリックス試料として57Mnのβ壊変で生成する57Feの電子状態とその配位環境を明らかにし、未だ明らかにされていないFe水素化物の電子ダイナミクスの知見を得ることを最終目標としている。平成28年度は、エチレン(C2H4)とアセチレン(C2H2)の低温マトリックスを試料に57Mnをイオン注入した57Feインビーム・メスバウアースペクトルを観測した。実験は、放医研重イオン加速器HIMACの二次ビーム照射室で行なった。高純度エチレンあるいはアセチレンを、18 Kに冷却保持した金属基板上に凝集させて低温マトリックス試料を作製した。核子あたり500 MeVで加速した58Feビームをベリリウム板に照射して、核破砕反応で生成する57Mnをこれらのマトリックス試料に直接注入した。β壊変後生成した57Feから放出されるメスバウアーγ線を自作の平行平板電子なだれ型検出器を用いてメスバウアースペクトルを得た。得られたメスバウアーパラメータと分子軌道計算から、Fe電子状態と配位環境を考察した。エチレン・マトリックスでは、Fe(C2H4)の分子構造をもつ2つの異性体が生成したことが示唆された。一方、アセチレン・マトリックスでは、3成分からのFe化学種の生成が観測され、それらの化学種のキャラクタリゼーションを進めている。
2: おおむね順調に進展している
短寿命不安定核57Mnを用いた本実験は、従来の長寿命57Coの発光メスバウアー実験や57Feのレーザー蒸発マトリックス単離法では得られなかった結果を示した。57Coの電子捕獲壊変とは異なる壊変様式とそれに伴うオージェ過程の影響を受け、レーザー蒸発法と比べると57Feプローブ核の数が1万倍以上少ないことが起因していると考えられる。完全に孤立したFe原子とガス・マトリックスの反応を観察するには、本手法がより本質的な理解に役立つと考える。気相反応の生成物に見られるFeクラスターや分子が熱エネルギーで解離した原子状元素との反応物とは異なり、結合が解離せずにC=CやCーH結合を保持したままの化学種の割合が多い。高励起イオンを固体中に注入すると、格子欠陥が多くアモルファスとなり、プローブ核周囲は乱れた欠陥だらけと考えられてきたが、実験結果は分子内の化学結合を保持した構造が多く観測され、57Feの最終占有位置の周りの環境はほとんど乱れておらず、マトリックス分子の反応性が初期生成物の構造を決定することを示唆している。現在、アセチレンの実験結果を理論計算と合わせて詳細に検討しているところである。本年度得られた実験結果は、第2回メスバウアー効果の応用に関する地中海会議(MECAME2016,Cavtat,Croatia)で口頭発表し、Hyperfine Interaction誌に報告した。2016日本放射化学会・第60回放射化学討論会(9月,新潟)において発表し、講演をした大学院学生は優秀発表賞を受賞した。放医研HIMAC課題審査委員会からは、これらの研究実績に対して高評価をいただいている。
インビーム・メスバウアー分光実験で用いたガス・マトリックス試料は、メタン、エチレン、アセチレンの炭化水素系を扱ってきた。分子内の水素含量を少しずつ多くしたマトリックスであるが、これらは比較的融点が高いために凝集した固相を得ることに大きな困難はなかった。水素は融点が14 Kであるので、確実に低温に保持できる試料セルを設計作製して、加速器実験前に十分なテストを行なう必要がある。セルの材質を低酸素銅とし、57Mnビームのスポットサイズ径からφ25 mm、厚さ5 mm程度の容積とする。窓材は、固体試料を目で監視できるようにアラミド膜とする。ターゲットセルは、パルスチューブ型閉サイクル冷凍機に接続したクライオスタットのコールドヘッドに直接取り付けられる形状とし、セル内に高純度水素を導入するSUS管を接続する。セルの温度は、Siダイオードセンサーによりモニターする。ターゲットセルをコールドヘッドに直接取り付け、ターボポンプ排気系により~10-5 Paまで十分に真空排気する。セルの温度が10 K以下になったら、高純度水素をマスフローコントローラで制御しながら導入する。ガス導入の圧力と流量のパラメータを適宜操作して最適条件を割り出す。急激な温度上昇による圧力変化に対処するために、排気系にはバッファータンクを用意する。オフラインでのテストを繰り返し、加速器実験に進めるように準備する。
一次ビームのイオン源には、安定同位体58Feで富化したフェロセンを用いている。天然存在比 0.28%の安定同位体58Feを濃縮度98%まで高めた金属鉄を購入し、フェロセンを合成する。イオン源に用いる58Feフェロセンの消費量が加速器のマシントラブルなどにより当初の計算よりも多かったために、平成29年2月の実験でほぼ残量がなくなった。急遽58Fe安定同位体を発注した。しかし、納期に3~4ヶ月かかるので年度内の納入がかなわなかったため。
58Fe安定同位体はすでに発注済みである。
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放射化学
巻: 35 ページ: 59-61
Hyperfine Interactions
巻: 237 ページ: 1511-1516
10.1007/s10751-016-1353-y