研究課題
本研究では、中性子回折で求めた各原子の調和熱振動モデルおよびX線回折データによって分子中の価電子密度を可視化する「X-N解析法」のための信頼度の高い回折データを、J-PARCの中性子回折計SENJUを用いて取得する方法を確立することを第一の目的としている。平成28年度は、そのための標準試料として選択したシュウ酸二水和物結晶について、0.8mm角の大きさの単結晶を調製し、SENJUを用いた回折データの測定を行った。SENJUでは試料を真空雰囲気化に設置して測定するため、試料結晶を真空グリスでコーティングすることで水和水の脱離を防いで測定を行うことに成功した。その上で、試料による吸収や消衰効果に対して波長依存性を考慮した様々な補正を施した回折強度データを作成し、原子炉の4軸中性子回折計で測定された既知の回折強度データとそれぞれのBragg反射強度、およびS/N比の比較を進めている。また、シュウ酸二水和物結晶のX線回折データと併せ、多極子展開法による価電子密度解析のためのソフトウェアであるXD2015を用いた解析を進めている。更に、本研究の目的の一つである発光性有機結晶における価電子密度の温度依存性の観察では、標的分子である2-(2’-hydroxyphenyl)benzimidazole (HPBI)の室温および100Kでの単結晶X線回折測定を行うとともに、2.0 x 1.5 x 0.5 mm の単結晶の調製に成功し、100Kでの単結晶中性子回折測定についてSENJUを用いて行った。これにより、100Kの分子構造については水素原子も含めてすべて決定することに成功した。
3: やや遅れている
本課題ではJ-PARCの単結晶中性子回折計SENJUによる構造解析を主な手法としている。課題申請時はJ-PARCの出力として500kWを想定していたが、中性子線源の予想外のトラブルにより、実際の出力は150kWにとどまっている。そのため、SENJUで予定していた測定に必要なビームタイムが増え、その分ビームタイム確保に時間を要したため、全体の進捗がやや遅れている。
本研究の2年目である平成29年度は、前年度に測定したシュウ酸二水和物結晶の中性子およびX線回折データを用い、SENJUによるX-N解析法のプロトコルを確立する。また、HPBIの室温での単結晶中性子回折測定をSENJUを用いて行うとともに単結晶X線回折測定も並行して実施し、X-N解析法を用いてHPBIの価電子密度分布の温度依存性を求めるとともに、各温度について中性子回折によって得られた原子座標を基にした量子化学計算を行い、一連の実験で得られた価電子密度分布と比較することで、価電子密度分布変化の妥当性を計算科学的に裏付ける。
平成28年度は価電子分布解析用の計算機購入を予定していたが、解析に用いるための中性子回折データの測定が予定よりも遅れたため、最新型の計算機を入手するという観点から購入を平成29年度にずらした。
平成29年度は、前年度予定していた価電子分布解析用計算機を購入するとともに、可視光照射による価電子密度分布の変化の観察に用いるための定常レーザー光源を購入する。また、平成29年度は中性子科学および結晶学の国際会議が開催されるため、これらの会議への旅費として使用する。
すべて 2016
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 2件、 招待講演 3件)
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