研究実績の概要 |
本研究は中性子回折データとX線回折データを組み合わせることによって分子中の価電子密度を可視化する「X-N解析法」のための信頼度の高い回折データを、J-PARCの単結晶中性子回折計SENJUを用いて取得する方法を確立するとともに、光機能性有機結晶における価電子密度の温度依存性の観察を目的とした。 本研究ではSENJUのデータをX-N解析法で用いるために必要な積分強度算出法や各種補正法の検討をシュウ酸二水和物結晶を用いて行った。これらの強度算出、補正法を様々な条件で検討し、定常中性子源を用いて得られた構造と温度因子をほぼ再現することに成功した。ただし、異方性消衰効果については今後の更なる検討が必要である。 また、光照射に伴う電子移動の観察のため、実験室およびSENJUでのin-situ光照射実験の整備を行った。特にin-situ光照射用には石英ロッドガイドを用いることで試料への正確かつ効果的な可視光照射を実現した。 発光特性の温度依存性を観察する標的分子である2-(2'-hydroxyphenyl)benzimidazole (HPBI)については、α体多形についてSENJUを用いて4K, 90Kおよび室温での中性子回折データを取得した。これにより量子化学計算および実験室系の単結晶X線回折データと組み合わせて「X-N解析」によって分子内水素結合の温度依存性を評価することができた。また、新たにHPBIのγ体多形を発見し、X線と中性子回折の結果からα体との発光特性の違いを構造と相関付けることができた。 一方で、光誘起物性を示すもう一つの試料である鉄錯体は、中性子回折測定可能な単結晶が得られなかった。また、結晶構造を考慮した電子状態の大型計算機を用いた量子化学計算については計算時間を現実的な範囲まで減らすことができなかった。これらについては今後の研究の発展のため引き続き検討していきたい。
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