研究課題/領域番号 |
16K05153
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
秋吉 宏尚 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 准教授 (80397611)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 双曲幾何 / 負曲率空間 / 低次元トポロジー / 結び目理論 |
研究実績の概要 |
本研究課題では2元生成自由群のPSL(2,C)表現のうち,生成元の交換子積の像が楕円的元であるようなものを,錐双曲構造を手がかりとして解明することを目指すものであり,そのために,(a) 必要となる3次元錐双曲多様体に関する基礎理論の整備,(b) 2元生成群に関わる研究として,特に,(b-i) Jorgensen理論の錐多様体への拡張,(b-ii) Jorgensen理論の錐双曲構造版Riley sliceへの拡張,および(b-iii) その応用を進めていく計画である. 今年度はまず(b)の研究構想において大きな進展があった:本研究課題を申請するにあたり進めていた(b-i)と(b-ii)に関する予備的試行を通して思い至らなかったことだが,研究計画の中心に据えていたFord and Dirichlet領域の自然な連続変形族を通してそれらをつなぐ道が存在しうることに気づき,その予想を支持する具体例を(数値的に)構成することに成功した.また,(b-i)については,Jorgensen理論の拡張の候補と期待されるFord domainを記述し,それがFuchs表現に対してはDirichlet domainと一致することも証明した(プレプリント). (a)に関しては,Ford領域の定義を与え,その初等的な性質を整備した(同上プレプリント).また,錐角が2π未満の錐特異点を持つ曲面と数直線の直積として得られる3次元錐双曲多様体が「Ford domainが定義され,さらにある性質をもつコンパクトな閉凸核を持つ」という条件を満たすとき,中心が錐特異点上にあるようなDirichlet domainとFord domainは安定性を持つことを証明することに成功した(論文準備中).上記の条件は(b-i)で研究対象としている錐多様体に対しては満たされることも確認できる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究の方針として据えている,(a) 一般的な基礎理論の整備,および,(b) 2元生成群に関する研究(特にJorgensen理論の拡張)ともに順調に進展している. (a)に関してはFord domainの定義と初等的な性質に関して整備した.また,(b)で研究対象とするJorgensen理論の拡張という特別なものだけではなく,錐角が2π未満であるような錐特異点を1点だけ持つ錐双曲面と数直線の直積として得られる3次元錐双曲多様体に対し,そのフックス構造に関するFord domainが曲面の錐特異点を中心とするDirichlet domainと数直線の直積の構造を持つという一般的な具体例の族も得ることができた.また,概要で述べた安定性の証明のために,考えている錐双曲多様体の適当な無限(分岐)被覆空間がCAT(-1)多様体となることを確認し,その空間へのcocompactな離散群作用という観点からの考察を行った.これはクライン群論における3次元双曲空間によるクライン多様体の普遍被覆という基本的な道具の錐多様体研究における程よいアナロジーとして,今後の研究の進展のためにも基礎的考察を進めていくべきものであることを強く示唆している. (b)における研究は,概要に述べたように,数値実験を通した発見から構想において当初の予想を超えて大きく進展した.Ford domainとDirichlet domainを同時に考察することで,類似性はあるものの別個の研究対象とみなしていたものを統一的に取り扱う可能性が強く示唆されることになったからである.しかしながら,その解釈(方針の整理)にウェイトを置いて研究を進めたため,今年度に予定していた本研究において想定される問題点や応用を探るための研究集会の開催の準備が間に合わず次年度に開催することに計画を変更することになってしまった.
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今後の研究の推進方策 |
当初の研究計画通り,今年度に引き続き,(a) 一般的な基礎理論の整備,および,(b) 2元生成群に関する研究(特にJorgensen理論の拡張)の二本立ての研究を進めていく. (a)に関しては,今年度に証明することのできたDirichlet domainとFord domainの持つ安定性についての考察をすすめ,Klein群論における擬フックス群とその極限として得られる例外的カスプを持つ幾何学的有限群を念頭におきつつ安定性が保証される条件を弱めることに関して研究していく.また,(b)のJorgensen理論の拡張で用いる(より強い性質を持つ)基本領域を参考にしつつ,今年度用いたCAT(-1)空間の大域的性質,特に無限遠境界の等角構造に関して研究を進めていく予定である. (b)における研究では,当初の計画からやや遅れている部分の,軌道体の構造を持つ錐双曲多様体に関する理論の整備を,数値実験と並行して進めていく予定である.軌道体の構造を持つ場合には,局所的には一般の錐双曲多様体と大きな差異はないものの,3次元双曲空間へのクライン群作用の商空間として得られるという著しい性質がある.この事実を手がかりとしてJorgensen理論の拡張を,(b-i) 錐特異点を持つトーラスに関するもの,(b-ii) 錐多様体版のRiley sliceとみなされるものへと統一的に拡張していきたい.オリジナルのJorgensen理論においては,組み合わせ構造がもっとも単純なものとして,フックス表現と二等辺三角形表現の二種類が特別に取り扱われた.前者に対する特徴づけは先行研究においてすでになされているので,次年度は後者の精密な解析から研究を進める予定である. また,今年度準備が間に合わなかった本研究課題において想定される問題点や応用を模索するための研究集会を開催し,情報交換を進めていきたい.
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次年度使用額が生じた理由 |
次の2点により繰り越しが生じた:(i) 研究打ち合わせを通した準備期間が想定より長くなったため,今年度に開催を予定していた本研究課題を遂行するにあたって想定される問題点や応用を模索するための研究集会の開催が年度内に間に合わなかった.(ii) 海外の研究者との研究打ち合わせに要する予算が想定よりも少なかった.また次年度以降に参加を予定している海外における研究集会への参加およびそこでの研究打ち合わせのためにその予算を繰り越す方が研究の進展のために重要であると判断したため.
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次年度使用額の使用計画 |
繰り越しが必要となった理由は上記のように明白であり,それらを次年度以降に順次実施位していく予定である.まず,(i) 本研究課題を遂行するにあたって想定される問題点や応用を模索するための研究集会を開催する予定でありそのための講演者招聘に用いる.(ii) Warwick大学(イギリス)における大規模な研究プログラム「2017-2018 Warwick EPSRC Symposium on Geometry, Topology and Dynamics in Low Dimensions」に参加し,等研究課題と密接に関わる海外の研究者との研究打ち合わせを行う.
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