線型な制約条件を課した正定値対称行列全体からなる正則開凸錐およびその双対錐上の調和解析を,幾何学的構造と合わせて考察することが本研究の目標であった.全ての等質錐を,特定のブロック分解をもつ正定値実対称行列の全体として実現する「行列実現の方法」が起点であり,この方法を拡張する方向で様々な成果を得ることが出来た.その多くは数理統計や情報幾何が動機づけとなったものである.第一に,全ての単連結な等質ヘッセ多様体を,同様のブロック分解をもつ対称行列の集合として実現することに成功した.これは群推移的な指数型分布族の研究の土台となる結果といえる.第二に,fill-in free という性質を一般化した意味での「良い」コレスキ分解を許容する対称行列の線型空間のもつ代数構造を解明した.さらに,その線型空間での正定値対称行列のなす凸錐上の行列式函数の累乗のラプラス変換および乗法的ルジャンドル変換の明示公式を,等質錐についての解析を一般化するかたちで与えることに成功した.これらの結果はコーダルグラフィカルモデルについての既知の結果を大きく拡張するものであり,多変量正規分布およびウィシャート分布の研究において重要な意義をもつ.とくに三重対角対称行列についての計算と統計への応用についてまとめた論文は P. Graczyk教授と S. Mamane博士との共著として数理統計の専門誌に掲載された. 等質錐を底とするチューブ領域は表現論および複素幾何の対象としても重要である.チューブ領域の正則同型写像で,等質錐をそれ自身の中にうつすもの全体はリー半群をなす.錐が対称錐の場合には,この半群は表現論において重要である.今年度受理された K. Koufany 氏との共著において双対 Vinberg 錐という非対称錐について半群を考察し,対称錐には見られなかった現象を発見した.
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