研究課題/領域番号 |
16K05177
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
小池 達也 神戸大学, 理学研究科, 准教授 (80324599)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 完全WKB解析 / 超幾何関数 / 位相的漸化式 / Voros 係数 / 自由エネルギー |
研究実績の概要 |
今年度は,名古屋大学完全WKB解析と Eynard-Orantain の位相的漸化式について,特に完全WKB解析におけるVoros係数を,位相的漸化式を用いて定義される自由エネルギー(の母関数)を用いて表示する研究を名古屋大学の岩木耕平氏,神戸大学の竹井優美子氏と共同で行った.
まず,位相的漸化式による量子化について,方程式の階数は二階に制限したものの,先行する結果よりも一般的な形で証明することができた.その結果,Gauss の超幾何方程式やその特異点の退化として得られる全ての方程式の WKB 解を位相的漸化式を用いて構成することができるなど,これらの方程式を位相的漸化式を用いて研究する準備ができた.
次に位相的漸化式により定義される相関関数の変分公式を用いて,これらの方程式の WKB 解のVoros 係数を自由エネルギーの差分として表わすことに成功した.Voros 係数は WKB 解の Borel 和の大域的挙動を研究する上で最も重要なものの一つであることが従来の研究で明らかにされているが,この研究結果は自由エネルギーが Voros 係数を支配する量であることを意味し,従って,特異摂動型微分方程式の解の大域的研究において,より基本的な対象を見い出したことになる.その一つの応用として,この関係式を用いて自由エネルギーの満たす二階差分方程式を導出した.これを解くことにより自由エネルギーのベルヌーイ数を用いた具体的な表式を決定できる.(なお,これらの具体的表式の証明方法は新しいものと考えられるが,得られた自由エネルギーの表式のうち幾つかは既知である.)さらに前述の関係式を用いて自由エネルギーの具体的表式から Voros 係数も導出した.以上の研究結果について現在論文を作成中である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
位相的漸化式の理論ではスペクトル曲線を導入するが,シュレーディンガー方程式を古典曲線の量子化として捉える場合は準古典的な意味での主部から定まる平面曲線を有理型関数を用いてパラメトライズすることになる.例えば Gauss の超幾何方程式やその特異点の退化として得られる方程式の場合,主部から得られる平面曲線の種数は 0 となり,スペクトル曲線はリーマン球面上の有理関数でパラメトライズできる.この意味でのスペクトル曲線は特性曲線(陪特性曲線)と関係が深く,この立場から微分方程式を解析したことはWKB解析の今後の進展を考える上で重要になるものと期待している.特に,今回の研究で得られた量子曲線はこのパラメータ空間としてのリーマン球面上の微分方程式として得られるなど,その方向の研究の第一歩と考えられる.量子曲線の解となる WKB 解はパラメータ空間上の有理型微分として定義される相関関数を用いて表わされる.より正確には,シュレーディンガー方程式に付随する Riccati 方程式のプランク定数による展開の各係数が相関関数の積分として表わされるが,このような表示は従来のWKB解析の文脈では考察されていなかった.今回の研究で示したように,この表示,つまり,Riccati方程式の解の係数の相関関数による「分解」は,Voros係数の自由エネルギーによる表示で用いられるなど完全 WKB 解析において有用であることがわかった.この表示がどのような意味を持つのかも極めて興味深いものと考えられる.このように完全 WKB 解析において様々な示唆を与える結果が得られたと考えている.
また,今回の研究で得られた Voros 係数の自由エネルギーによる表示式は,極めて普遍的な形をしている.このことは,特異摂動の微分方程式論における自由エネルギーの役割を解明する上での第一歩として意義のあるものと考えている.
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今後の研究の推進方策 |
当面二つの研究方向を考えている.(1) 位相的漸化式と特異摂動型微分方程式の関係をより詳しく調べること.(2) 位相的漸化式における相関関数や自由エネルギーの Borel 和の研究.
(1) について,今回扱った方程式はスペクトル曲線の種数が 0 のもののみであった.種数が 1 以上になると,例えば 3 次多項式をポテンシャルを持つシュレーディンガー方程式の場合には既に研究されているように,量子曲線が複雑なものになることがわかっている(量子曲線のポテンシャルはプランク定数に関して無限級数になる).このように単純な一般化での成功は期待できないが,一方でパンルベ方程式等の場合はうまくいくこともわかっており,可能性がないわけでもない.そこで量子化のプロセスをもう一度見直して,どのような可能性があり得るかを見直すところから研究をはじめる.
(2) について,今回の研究はプランク定数に関する形式的級数のみを扱った.完全 WKB 解析は Borel 総和法を用いて形式的級数に解析的に意味付けを与える WKB 法であったが,この観点からはみると位相的漸化式から得られる相関関数や自由エネルギーの Borel 和の性質を問うのが自然であるし,自由エネルギーの特異摂動型微分方程式における役割を考える上では重要であると考えられる.そこでこの問題を種数が 0 の場合に(できるだけ一般的な視点から)考察してみることを考えている.ただ,位相的漸化式自体が複雑なため,現時点ではどのように扱うべきかの見当がついていない.そこで,相関関数と Riccati 方程式との関係を軸にして研究を進める.
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次年度使用額が生じた理由 |
研究打ち合わせを予定していたが、双方の都合が付かずにキャンセルとなった。2018年度に実施する予定である。
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