本研究は、ヒルベルト空間上の作用素不等式及び行列解析の手法をもとにして、情報幾何学や量子情報理論などの分野のさまざまな幾何学的様相に絡んだ定量的な評価を中心に考察し、作用素論的な枠組みの構築とその幾何学的構造を解明することが主目的である。 この研究において、作用素幾何平均を用いた2変数版のAndo-Hiai型不等式の負パラメーター版の定式化に成功し、それを用いて、量子情報理論において、重要なTsallis型相対エントロピーの諸性質の関係を明らかにした。さらに、非可換における負べきを持つ幾何平均の様相の研究は困難な場合が多かった。このAndo-Hiai型不等式の定式化により、負べきをもつ幾何平均の様相のいくつかを明らかにできた。あわせて、次の結果も示すことができた。 Karcher方程式の解の唯一性とKarcher幾何平均の自己共役性について。LawsonとLimは、可逆な正作用素に対して、Karcher方程式が唯一の解を持つことを、バナッハ空間の陰関数定理を用いて、示した。私たちは、作用素不等式の枠組みで、可逆な正作用素に対するKarcher方程式の解の唯一性とKarcher幾何平均の自己共役性の同値関係を示した。そのために、負冪のTsallis相対作用素エントロピーの価値によって、負パラメーターの作用素べき平均の概念を改良した。しかし、可逆とは限らない正作用素に対するKarcher方程式の解の唯一性についてはまだ未解決である。 また、これらに関連して、行列空間上の行列値内積の研究に対して、行列幾何平均の視点からコーシー・シュワルツ不等式の定式化に成功したが、本年度はさらに、多くの結果が得られた。特に、コーシー・シュワルツ不等式の精密化に成功し、作用素環上の不確定性原理のこの視点での定式化にも成功した。この方向の研究はこれから多くの課題があると認識している。
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