研究課題/領域番号 |
16K05266
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
稲葉 寿 東京大学, 大学院数理科学研究科, 教授 (80282531)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 感染症数理モデル / 基本再生産数 / 人口転換 |
研究実績の概要 |
[1] 人口転換現象を,感染症数理モデルとして定式化し,その振る舞いを数学的に解析することを試みた.人口転換とは、高い死亡率・高い出生率の状態から低い死亡率・高い出生率を経て低い死亡率・低い出生率に至る一連の歴史的な人口再生産様式の遷移過程をさす.人口転換の要因に関する拡散理論は,少産動機が初めに都市の中産階層に育まれ,これが次第に他の階層ないし集団に受容され,拡散していったとする考えである.拡散説の特徴は,かならずしも社会経済要因が整わなくても,低出生力集団の再生産様式の模倣がおきうるというダイナミカルな仮定にある.本研究では、人口転換の拡散モデルとして, 低い出生力をもつ個体からから高い出生力をもつ個体へと少産動機が「感染」し,感染した個体は低出生力個体を再生産するという人口転換に関する年齢構造化感染症数理モデルを提案した. 年齢構造を考慮した結果,二つの異なる出生力をもつ人口集団が共存する解があることがわかった.また一方の集団が安定成長している場合に,他集団が侵入した場合における侵入可能性条件を再生産数を定義して定式化した. [2] 一般的な時間的変動環境における個体群増殖の閾値条件を与える基本再生産数理論を再検討した.近年,これまでは扱うことのできなかった同次非線形モデルのゼロ解の安定性に関する基本再生産数がによって提起されたが,そこでは錐スペクトル半径の概念がキーとなる.この点から従来の線形理論をふりかえってみると,稲葉が提起した世代発展作用素がのスペクトル半径が,一般変動環境における基本再生産数を与えることがわかる.一方,このような基本再生産数が,時間依存非線形系の解の安定性の指標になっているかどうかは明確ではない.非自律系における自明解の線形化によって得られる基本再生産数が,個体群存続と絶滅の閾値として機能することを明らかにすることを目的としている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
[1] 人口転換モデルに関しては,単純な常微分方程式モデルによって,基本再生産数の役割を明らかにして,人口転換および少産状態からの逆転換の起きる条件を明らかにできた.一方,年来構造化モデルはずっと解析が困難であったが,正規化されたシステムにおける共存定常解の存在条件を示すことができた.その安定性や一意性はまだ未解明であるが,境界定常解の安定性については基本再生産数によって定式化できている.論文は投稿中である. [2] 錐スペクトル半径の理論によって,従来の稲葉による基本再生産数の定義を見直して,一般に世代推進作用素のスペクトル半径が基本再生産数であることが示された.しかしそれが非線形非自律系モデルに対して持つ意義は未解明である.しかしながら,絶滅の十分条件であることは発展半群の理論により示され,部分的に進展している.
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今後の研究の推進方策 |
世代推進作用素のスペクトル半径として定義された基本再生産数が,非線形モデルにおける個体群の存続条件として機能することを示す.ただしまったく一般的な非自律系では困難であるから,年齢構造をもつ感染症数理モデルへの適用を念頭に置いて,半線形モデルを扱う.とくに周期系に対しては,周期解の存在と安定性を示すために有効であることを示す方針である.また人口転換モデルで考察したような同次力学系への適用を,より一般的に考察する.そのことを通じて,世代推進作用素による基本再生産数理論が普遍的な意義をもつことを明らかにする.
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次年度使用額が生じた理由 |
残額は少額であり,とくに既存の使用計画に影響を及ぼすものではない.翌年度にかかる論文校正費用として一括して使用する予定である.
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