■ランダムネスからの量子時空の発現 本研究の目的は、非平衡統計力学に基づき「重力を量子力学的に記述する枠組み」を構築することである。量子力学の起源をランダムネスに置き、量子重力理論をそのような観点で定式化できるためには、「ランダムネスから時空の幾何が発現する機構」を構築する必要がある。そこで我々は2018年に、マルコフ確率過程における遷移の難しさを定量的に表す量として「配位間の距離」という概念を初めて導入し、量子時空が出現する機構を調べてきた。最終年度では、とくに行列模型の確率過程を考え、固有値を時空の座標とみなしながら、結合定数を付加的力学変数とする焼き戻しを行うと、拡大された配位空間に、Gross-Witten-Wadiaの3次相転移点をホライズンとする漸近的反ド・ジッター ブラックホールの幾何が現れることを示した。
■符号問題に対する焼き戻しレフシェッツ・シンブル法(TLT法)の開発 複素作用に対するモンテカルロ計算は、自由度が大きい場合、符号問題のために正確な数値結果を得ることが難しくなる。この符号問題は、我々が以前に量子重力の定式化の一つとして提唱した「トライアングル・ヒンジ模型」の数値計算でも大きな問題となっていた。そこで我々は2017年に符号問題の新しい解決法として、並列焼き戻しを用いた「焼き戻しレフシェッツ・シンブル法」(tempered Lefschetz thimble法:TLT法)を提唱し、簡単だが非自明ないくつかの例に対してこのアルゴリズムが正しく機能することを示した。最終年度では、TLT法を①ハバード模型と②有限密度QCDのtoy modelであるカイラル行列模型に適用し、まだ小さなサイズではあるが、いずれもTLT法が正しい結果を与えることを示した。また、アルゴリズムの一部をハイブリッド・モンテカルロ法に置き換えるなど、TLT法自身の改良も進めた。
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