研究課題/領域番号 |
16K05338
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
仁尾 真紀子 国立研究開発法人理化学研究所, 仁科加速器研究センター, 仁科センター研究員 (80283927)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | QED / 異常磁気能率 / ファインマン図 / 数値積分 |
研究実績の概要 |
本研究では、電子及びミューオンの異常磁気能率(g-2)への電磁気学的な寄与を理論計算によって求める。g-2は量子電磁気学(QED)の摂動計算により効率的かつ系統的にその精度を改良して求めることができる。本研究では、高次摂動項のうち摂動10次の寄与についての研究を行う。 これまでの研究成果によりQEDの摂動計算10次の項からの電子g-2への寄与を記述するファインマン図12,672個に相当する数値積分プログラムが完成している。このうち特に光子5個のみの量子補正を表す6,354個のファインマン図に相当する389個の積分が本年度の研究のターゲットである。これらの積分をSet V と呼ぶ。 Set V の積分の数値計算による評価は大変難しい。2012年に最初の計算結果を得たが、一部を再計算を行ったところ先の数値計算の誤差評価が過少であったことが判明した。Set V の個々の積分はモンテカルロ法を用いた多次元数値積分の実行により評価する。積分のサイズが巨大であること、また、数値計算の桁落ちを避ける為に偽4倍精度実数を使用すること、その二点により多大な計算コストを要する。そのため使用するサンプリング点の数を10億程度より大幅には増やすことができない。 理想的にはサンプリングの数を十分に取り無限遠の時間を計算に費やすことができれば、積分パラメタの選択の仕方には依らずに積分の値は一定値に収束するはずである。しかし、Set V の場合はこれは現実的でない。逆に積分パラメタを上手く選択し変換を施すことで、より少ないサンプリング数でより信頼性の高い積分値を得ることができる。また、同時に積分パラメタの選択の仕方によって、解析的には同じ積分であっても数値計算としては全く違ったものになり、積分値の検証を行える。本年度は新スパコンの利用により準備を完了し、積分の実行も順調に推移した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2015年度中に理研に新しいスーパーコンピュータシステムHOKUSAIが導入された。従来のシステムRICCも規模を縮小してではあるが運転が継続され、結果、本研究において使用できる計算資源もほぼ倍増することになった。HOKUSAIを構成するコンピュータ群のうち本研究ではFX100を中心とする大規模計算機HOKUSAI-GWを使用した。RICCとHOKUSAI-GWでは基本的な計算機の構成は同じで、個々のコアにSIMDによるベクトル演算が実装され、CPU内のマルチコア並列、通信ネットワークを介したCPU間のノード間並列の階層性を持った構造となっている。したがって、SIMD用のベクトル長のパラメタを個々のシステム用にチューニングを行うだけで、同じプログラムをそれぞれの計算機でほぼ最大性能を引き出して実行することができる。 今までに10次Set V の積分に、倍精度実数を使用する場合と、ライブラリによる偽4倍精度実数を使用する場合に対して、最速のSIMDベクトル長をHOKUSAI-GWとRICCの個々のシステムに対して決定した。2015年以前の計算と独立な計算とする意味もあり、389個すべての積分に対してファインマンパラメタから積分パラメタへのマッピングを変更した。 自己エネルギーの部分図を含む254個の積分に関しては積分領域全体で偽4倍精度実数を用いた計算を行った。自己エネルギーの部分図を含まないものは発散項の相殺がたかだか対数のベキであることが分かっているので、こちらは倍精度実数を用いて評価を行なった。積分のアルゴリズムはVEGASを用い、フラットな積分グリッドからスタートし、少数サンプル数でグリッド構造の最適化を行ったのち、大規模サンプルの計算に移行した。もっとも計算の難しい50個程度を除いて、残りの300以上の積分はすでに目標値の誤差0.025以下に到達した。
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今後の研究の推進方策 |
2017年4月にS. Laportaによってg-2の摂動8次の寄与ができうる限り解析的に計算され、1000桁を超える精度で値が得られた。これは2015年に私たちが発表した値と完全に数値計算誤差の範囲内で一致している。これにより1981年から引き続いて行われてきたQED摂動8次のファインマンパラメタ表現による多次元数値積分の計算は終了することになる。 2018年秋には科学技術の計量基本システムであるSIの定義変更が予定されている。多くの科学基本定数、プランク定数、電子の単位電荷、ボルツマン定数、そしてアボガドロ定数が光速と同じように厳密化され定義された数となる。それらを元に計量の単位が決定されることになる。 ところが微細構造定数αはそれが長さや重さの次元のないただの数であるため、これらのSI定義変更の影響を受けない。さらに、厳密化されら基本定数以外の科学基本定数、例えば真空の透磁率など、多くの定数はその不確定性がαによって決まることとなる。このαを決めるもっとも精度の良い方法が電子g-2の理論と実験から決めたものである。理論ではQED8次が決定された今、最大の誤差は10次の積分計算から来る。この項の精度改良を数値計算的なアプローチとともに解析的な検証も含めて行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
海外の研究会に参加を予定していたが、私的理由により数日間以上に家を開けることが難しくなったため、当初計画より 旅費の使用が少なくなった。一方、予想外にPCの故障が相次ぎ、急遽、修理を行った。そのためその他の費用が計画より多くなった。差し引きとして修理代金の方が安価なため、次年度への繰越金が発生した。
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次年度使用額の使用計画 |
来年度請求の助成金と合わせて、市販の数学ソフトウェアを購入したい。所属期間が理研でアカデミックライセンス契約ができずに営利企業と同じ契約になるため、高額となりこれまで購入を先送りしていた。良い機会なので、ぜひ、最新版を購入したい。
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