研究課題/領域番号 |
16K05353
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
河野 通郎 大阪大学, 核物理研究センター, 協同研究員 (40234710)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 原子核の飽和性 / 核物質計算 / カイラル有効場理論 / 3体核力 / 3体力の有効2体化 / 光学模型ポテンシャル / 有効テンソル力 / 中性子星物質 |
研究実績の概要 |
近年、陽子や中性子(核子)間の相互作用の理論的記述は、原子核のエネルギースケールでの有効理論として、量子色力学の対称性とその破れの機構に基礎を置くカイラル有効場理論により構築されたものが、従来の核力模型に代わり標準的に用いられる。利点は、2体力に整合する3体力が系統的に導入できることである。原子核の飽和性は核子多体系の基本的性質であるが、その説明はこれまでは現象論に頼っていた。私は、カイラル有効場理論の核力記述を用いて無限核物質系の計算を行い、3体力の寄与が飽和性を微視的に再現するうえで本質的な役割を果たすことを明らかにした。その理解を出発点として、原子核の構造と反応の両面において3体力の役割を検証する研究を進めている。 核反応過程に関しては、3体力効果を含む有効相互作用をパラメーター化し、光学模型ポテンシャルを微視的に構築して、現象論的調節なしで原子核と核子あるいは原子核の弾性散乱を記述することが可能になり、高次効果を取り上げて考察できる段階になった。核構造の面では、微視的基礎を持つ3体力がもたらすテンソル成分の寄与を手掛かりに、核子多体系における有効テンソル力の役割の解明を具体的課題としている。 3体力は、ハイペロンが関わるバリオン間相互作用においても重要であることが予想される。中性子星内部で実現される高密度核物質では、密度の上昇に伴い増加する中性子のエネルギーを避けるため、Λハイペロンが析出すると考えられてきた。Λ粒子が析出すれば、系のエネルギーが下がり状態方程式が柔らかくなるため、中性子星の最大質量は比較的小さい値になる。ところが、近年、太陽の2倍の質量をもつ中性子星が観測され、理論的説明が困難な状況になっている。この問題に関して、カイラル有効場理論が与えるΛあるいはΣ粒子と核子の間の3体力の寄与を取り入れた核物質計算を行い、困難が解決される可能性を示す結果を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
カイラル有効場理論により導入される3体核力が、原子核の基本的性質である飽和性を定量的に理解するうえで本質的に重要な役割を果たすことを明らかにした私のこれまでの研究成果に基づいて、核子と原子核および原子核と原子核の散乱を記述する光学模型ポテンシャルを微視的に求め、具体的に散乱断面積を計算し実験データーと比較することにより、3体力の寄与の役割を明らかにする研究で進展があった。一つは、3体力効果を取り入れた相互作用を用いた核物質 G 行列計算に基づいて、密度依存有効相互作用をパラメーター化し、広いエネルギー範囲にわたるα粒子と原子核の弾性散乱に適用する課題で、九州大学学振研究員豊川氏を中心とした具体的計算により3体力の望ましい役割を確認した。3体力の寄与は、スピン軌道力とテンソル力に無視できない効果を与えるが、テンソル成分の増加は核媒質内の核子-核子断面積を増加させる。核子入射により原子核から2核子が放出される (p,2p) 反応を調べることにより、この効果を検証する可能性があることを示す論文も発表した。 カイラル有効場理論によりパラメーター化されるハイペロン-核子相互作用が、核媒質中のハイペロンの性質をどのように予測するかという課題については、核子の場合と同じ処方で3体力を有効2体力化して2体力に加え、無限核物質中で G 行列計算を行うことによりハイペロンの一粒子エネルギーの性質を調べた。3体力の寄与の大きさを評価し、従来のハイペロン-核子相互作用とは定性的に異なり、Λの一粒子エネルギーが高密度中性子物質中で斥力傾向になることを示した。この結果は、高密度の中性子星物質中でΛハイペロンが析出することがない可能性を示唆し、中性子星の最大質量が大きいという最近の観測データを微視的に理解することが困難であるという問題に関して、カイラル有効場理論がその問題を解決する可能性を示した。
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今後の研究の推進方策 |
カイラル有効場理論の核力記述を用いたこれまでの研究で明らかにした、核子体多体系における3体力の寄与の重要性は、2体核力のパラメーター化の段階で消去される自由度が関わる過程が、核媒質中で本来受ける影響を考慮することが重要であることを意味する。この3体力の見方は、原子核の殻模型のような、あるいは最近では低運動量空間相互作用の導入のような、制限された模型空間内有効または等価相互作用に現れる誘起多体力と共通の物理内容を持つ。この統一的な観点のもとで、具体的な課題として、核子散乱を記述する光学模型ポテンシャルに対する3体相関としてのリアレンジメントポテンシャルの導出とその効果の定量的考察、模型空間内有効テンソル力の現象論と微視的理論の間に存在する問題点の解明に取り組む。テンソル力はパイオン交換の特徴として原子核物理で基本的に重要な成分であり、多くの研究がなされてきたが、十分な理解に至っているとは言えず、現在でも理論的そして実験的な研究対象である。3体力の寄与を手掛かりに、有効テンソル成分の問題を扱う。陽子と中性子に加え、ハイペロンが関わる3体バリオン間相互作用の問題も研究対象として、核媒質中のハイペロンの性質に対する寄与の計算を引き続き行う。中性子星の合体により生じる重力波が昨年初めて観測され、中性子星物質の状態方程式の観測的情報が増え、この分野の研究がさらに活性化している。中性子星物質の状態方程式とハイペロンの役割の問題について微視的観点からの研究を行う。 原子核内有効相互作用を研究する立場から、核構造と核反応の研究者の間の研究交流を図る。微視的多体問題に関する全国的な研究集会の開催を企画することも予定している。微視的光学模型ポテンシャルの課題については、九州大学核理論研究室そして大阪大学核物理研究センターの研究者との研究交流を継続する。
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次年度使用額が生じた理由 |
九州大学への出張を10回程度予定していたが、3回だけになった。 10月に米国ハワイ州で開かれる日米物理学会合同核物理分科会に参加する予定である。また、原子核多体問題の第1原理計算に関する研究集会を開く予定である
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