近年、原子核の性質を微視的に理解する出発点である陽子や中性子(核子)間の相互作用は、クォーク自由度の理論である量子色力学の対称性とその破れの機構に基礎を置くカイラル有効場理論により構築されたものが標準的に用いられる。この相互作用は、2核子散乱を再現する精度が従来の高精度の核力に劣らず、さらに2体核力に整合する3体核力が系統的に導入できる利点をもつ。飽和性は原子核の基本的性質であるが、その説明はこれまでは現象論に頼っていた。私は、カイラル有効場理論の核力記述を用いて無限核物質系の計算を行い、3体核力の寄与が飽和性を微視的に理解する上で本質的な役割を果たすことを明らかにした。 原子核における3体力の寄与は、2体核力を構築する段階で消去される自由度の関わる過程が、核媒質中でパウリ原理により受ける影響の重要性を意味する。この理解を基礎に、原子核の構造と反応過程において3体核力の役割を検証する研究を進めた。構造面では、本質的に重要なスピン軌道力への3体核力の寄与を議論した。反応面では、3体核力効果を含む有効相互作用に基づく光学模型ポテンシャルを微視的に求め、核子の原子核との弾性散乱を記述できることを示した。また、3体核力と同種の高次効果である配置換え効果を定量的に評価して、望ましい斥力的寄与をもたらすことを示した。これらの計算では、無限系で求めた有効相互作用を実際の原子核に適用するが、これまでは根拠が不明なまま採用されていた処方の正当性を検討した。 ハイペロンに対しても3体力が重要であることが予想される。中性子星内部で実現される高密度核物質において、もしΛハイペロンが析出すれば状態方程式が柔らかくなり、近年観測された太陽の2倍の質量をもつ中性子星を説明できない。この問題に対して、ハイペロンにカイラル有効場理論による3体力を取り入れた核物質計算を行い、困難が解決される可能性を示した。
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