研究課題/領域番号 |
16K05358
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
石原 秀樹 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 教授 (80183739)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ブラックホール / カー時空 / ストリング / 宇宙ひも / 一般相対論 / 可積分性 |
研究実績の概要 |
時空の幾何学的構造を探る探査子として,試験粒子は最も基本的なものであり,時空中の測地線に沿って運動する.また,探査子として広がりをもつ物体を考えることもできる. 1つ目の研究成果は,負の曲率をもつ最大対称空間であるAnti-de Sitter時空に,等長変換群の作用で同一視を入れたときに得られる軌道時空の大域的因果構造を明らかにしたことである. Anti-de Sitter時空は多様な等長変換群をもつが,それらを生成する一つのKilling ベクトルを選んだときに得られる軌道空間の幾何学的構造は,Killingベクトルの選び方によって多様で非自明なものになる.軌道空間の中の光の測地線を考察すると,Anti-de Sitter時空自体は単純な構造をもつにもかかわらず,軌道空間の中にはブラックホール構造をもつものも現れることを明らかにした. 2つ目の成果は,時空構造の探査子として南部‐後藤ストリングを用いる研究である.時空の幾何学的対称性を利用してストリングに対称性を課すと,偏微分方程式であった運動方程式は常微分方程式に帰着する.時空が多くの対称性をもつ場合にはストリングの対称性も多様になり,これらすべてのストリングの可積分性という,時空の対称性に対する新しい見方を提供した.さらに,具体的にブラックホールの時空を探る探査子として剛体回転する南部‐後藤ストリングを考えると,常微分方程式である運動方程式を数値的に解くことができ,典型的に2つの配位が現れる.ブラックホールのホライズンに突き刺さるストリングと,ブラックホールの周りの有界な領域に束縛されるストリングである.前者は,ブラックホールの熱力学第2法則と呼ばれる,ホライズンの面積増大則を満たすものだけが許され,後者は,解を特徴づけるパラメーターの範囲によって,ストリングの配位はカオス性を示すことが明らかになった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
時空に対し,等長変換群の作用で同一視を入れた軌道空間の構造を調べる問題は,最大対称空間における1つのKillingベクトルで生成される等長変換群については,軌道空間の分類が完成し,その幾何学的構造を網羅的に調べることが可能になった.また,複数のKillingベクトルで生成される等長変換群の作用で軌道空間が定義できる場合への拡張も見込まれ,興味深い. この軌道空間上の測地線方程式は,幾何学的対称性をもった,広がりのある物体の運動を記述することになり,時空の幾何学的構造を調べるための探査子の多様性を提案することになった. また,ブラックホールの周りで剛体回転する南部‐後藤ストリングを解析すると,ブラックホールのホライズンに突き刺さる配位が許されることが明らかになった.このことは,初期宇宙の真空の相転移で形成されると考えられている宇宙ひもの最終状態の一つとして,ブラックホールに宇宙ひもがピン止めされていることがあり得ることを意味している.また,ブラックホールの周りの有界な領域に束縛されたカオス的な配位のストリング解も可能であることは,宇宙ひもが複雑な形でブラックホールに束縛されている可能性を示唆する.さらに,最大回転カーブラックホールのホライズン近傍では,時空の対称性が拡大し,ストリングのカオス性が消失することが確かめられた.これらのことは,宇宙ひもの存在を検証するために,重要な知見と考えられる. 以上のことより,研究はおおむね順調に進展していると言える.
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今後の研究の推進方策 |
等長変換群をもつ時空に対して,一つのKillingベクトルで生成される部分群に対する軌道空間の研究を遂行してきたが,複数のKillingベクトルで生成される部分群の作用で軌道空間を定義する場合に軌道空間の大域的構造を調べることを進める.これより,多様なブラックホール構造や,時空全体を多様なファイバーバンドルとみなす可能性が明らかになると期待される.これらの研究が進むと,複雑な構造をもつ時空は,単純な構造の高次元時空の射影である,という見方が提供されることになる. また,ブラックホールの周りで剛体回転する南部‐後藤ストリングは一般にカオス性を示すが,最大回転ブラックホールの地平面近傍で回転するストリングのカオス性は消失する.このことは,最大回転Kerrブラックホールの事象の地平面近傍の幾何学的対称性の拡大が原因である.この対称性の拡大に関連したストリングの配位とブラックホールの表面重力,ホーキング温度,エントロピーなどの関連を明らかにすることを目指す. 最終的に,時空の幾何学的対称性を利用して,ブラックホールの観測的検証,宇宙ひもの観測的検証に関連する研究を遂行する.
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次年度使用額が生じた理由 |
研究費の多くは研究集会に参加するための旅費に使用すると考えている.本年度の主な研究集会は国内で開催されたため,次年度に開催予定の国際会議への参加費用に充てることが補助金の有効な活用法であると考えた. 次年度は,3年に一度の一般相対論に関する国際会議がイタリアで開催されるので,共同研究者とともに参加する際の旅費に用いる.
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