研究課題
近年、ニュートリノに質量があることが確定し、質量の大きいニュートリノが10~25 meV(波長50~90μm)程度の遠赤外領域の低エネルギー光子を放出することによって質量の小さいニュートリノに崩壊することが予言されており、そのような光子を探索するための検出器開発が推進されている。本研究の目的は、福井大学の「遠赤外分子レーザー装置」を用いて、そのような検出器を較正するための「超低エネルギー光子パルス照射システム」を開発することである。このレーザー装置は、CO2レーザーを1次電磁波源として、様々な種類のアルコール気体分子(CH3OH、CH3ODなど)を励起させ、様々な波長の単色遠赤外線をレーザー発振させることができるようになっている。今年度、まずこのレーザー装置を稼働させ、本研究で目標とする波長領域付近の発振線を探索したところ、波長43.7μm、52.9μm、57.2μm、86.4μm、118.8μm、184.3μm、245.0μm、253.7μm、264.4μm、447.2μm、453.4μm、545.2μm、715.4μmと、多数の発振線を確認することができた。この内、本研究にとって特に重要となる波長57.2μmと118.8μmの発振線について、そのビーム強度やビームプロファイルなどの基本特性を測定した。また、このレーザー装置は連続波を発振するが、ニュートリノ崩壊光子検出器の較正を行う際には、検出器の応答速度(数μs)以下の時間幅を持つパルス波に変換する必要がある。本研究では、連続波を高速回転するミラーに反射させることによってパルス波に変換する方式と、通常型の2.5倍以上の高速で回転する高速チョッパーに極細スリットを持つ特注のディスクを取り付けてパルス化する方式の二つの方式を検討し、どちらの方式でも時間幅2μs程度の速いパルスが得られることを見出した。
2: おおむね順調に進展している
当初の計画通り、遠赤外分子レーザー装置を稼働させ、本研究で目標とする波長50~90μm付近の発振線を数多く確認し、そのビーム強度の測定、ビームプロファイル(ビーム径および広がり角)の測定などを行うことによって、このレーザー装置の基本特性を把握することができた。また、このレーザー装置が発振する連続波をパルス波に変換する課題も、昨年度の重要な課題の一つであったが、これについても、回転ミラーや高速チョッパーなどを用いて時間幅2μs程度のパルス波に変換する方法を見出すことができた。できれば1μs程度まで時間幅を縮めたかったが、そのためにはレーザー光の光路長を非現実的なほど長く取る必要が生じたり、途中に挿入する集光用の凹面鏡などを市販品では賄えないほど大きなものに取り換える必要が生じたりすることが分かり、当面断念することにした。もちろん、パルス時間幅2μs程度でも、本研究の当初の目的は十分達成することができる。
前年度に開発を開始した超低エネルギー光子パルス照射システムを用いて、現在開発中のニュートリノ崩壊光子検出器(超伝導トンネル接合素子検出器、STJ検出器)に実際に光子パルスビームを照射し、その較正や性能評価を試みることができるようにする。そのために、今後、次のような準備を行っていく必要がある。①STJ検出器は、超伝導トンネル接合素子の中で使われている金属を超伝導状態にするために、液体ヘリウムなどを用いた冷凍機の中に納められている。冷凍機の中は真空になっているため、STJ検出器に光子パルスビームを照射するには、冷凍機の外から中の検出器まで光子を伝送するための導波路を特別に設計・製作する必要がある。②遠赤外分子レーザーの発振出力は、室温の変化による共振器長の微小な伸び縮みによって大きく変動するため、STJ検出器の較正を行う際には、このレーザーの出力の変動を正確にモニターするシステムが必要になる。本研究では、薄いPETフィルムをハーフミラー代わりにして、レーザー光の一部を光軸と直角方向に反射させ、その反射光の強度を焦電検出器でモニターする方式を試みる。③STJ検出器のような素粒子実験用の光子検出器は、光子1個だけでも検出することができる超高感度な検出器であるため、その較正を行う際には、適当な減衰板を用いて、1パルスの中に含まれる光子の数を平均1~数個程度となるように制御する必要がある。市販の薄膜状の遠赤外線用減衰板を複数組み合わせて用いる予定であるが、この減衰板自体をあらかじめ較正しておく必要がある。④遠赤外分子レーザーをパルス化する際、そのパルスに同期したトリガー用の信号を作っておく必要がある。以上のような準備を平成29年度中には完了し、早ければその年度の内に、遅くとも平成30年度には、このシステムをSTJ検出器の較正や性能評価に用いることができるようにしたい。
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Physical Review D
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