研究課題
近年、ニュートリノに質量があることが確定し、質量の大きいニュートリノが10~25meV(波長50~90μm)程度の遠赤外線領域の低エネルギー光子を放出することによって質量の小さいニュートリノに崩壊することが理論的に予言されており、そのような光子を探索するための検出器開発が推進されている。本研究の目的は、福井大学の「遠赤外分子レーザー装置」を用いて、そのような検出器を較正するための「超低エネルギー光子パルス照射システム」を開発することである。目的の達成に向けて、今年度は以下のような研究を行った。①まず、遠赤外分子レーザーの連続波をパルス波に変換する方法の改良を行った。前年度、高速回転するミラーを用いてパルス時間幅を2μsまで縮められることを示したが、今年度、レーザービームの伝播を波動光学的に追跡することができる高度なシミュレーターを導入して再検討したところ、パルス時間幅をさらに検出器の応答速度以下の1.6μsまで短くする方法を見出すことができた。また、この光子パルスを用いて検出器の較正などを行う際には、このパルスに同期したトリガー信号を信号読み出し回路に与える必要があるが、可視光レーザーを同じ回転ミラーに反射させ、その反射光をフォトダイオードで検出することによって、そのようなトリガー信号を作ることができた。②この遠赤外分子レーザーの出力は室温の変化などによって大きく変動するため、その変動を絶えずモニターする必要があるが、薄いPETフィルムでレーザー光の一部を光軸に対して垂直方向に反射させ、その反射光の強度を焦電検出器でモニターする方法が有効であることを示すことができた。③検出器に我々の光子パルスを照射する際、光子パルスビームを検出器まで効率よく伝送するための導波管が必要となるが、今年度、様々な素材でできた導波管の性能評価を行い、最適の導波管を見出すことができた。
2: おおむね順調に進展している
本研究は、昨年度中に行った遠赤外分子レーザーの稼働、発振線の確認、その基本特性の測定、連続波のパルス波への変換などから始まり、上述の今年度の研究実績まで、ほぼ当初の研究計画および今年度初頭に立てた今年度の研究計画のとおりに進んでいる。計画通りに進んでいない唯一の課題は、遠赤外線用の光減衰器(attenuator)の準備である。本研究で開発する光子パルス照射システムを用いて較正しようとしている光子検出器は、ニュートリノの崩壊に伴って1個だけ放出される光子を確実に検出する必要があるため、その較正を行う際には、適当な光減衰器を用いて1パルス中に含まれる光子の数を平均1~数個程度になるように制御する必要がある。本研究では市販の薄膜状の遠赤外線減衰器を複数組み合わせて使う予定であり、室温中では既にその性能評価も行っているが、これを実際に使う際には、減衰器自体から出る遠赤外領域のプランク放射がノイズ源となることを防ぐため、減衰器も検出器と同様に極低温まで冷却する必要がある。この場合、極低温下の減衰器が室温中と同じ性能を保つとは限らないので、減衰器の性能評価を極低温下でも行っておく必要があるが、今のところ本研究では、試料を極低温まで冷却できる冷凍機がないために、まだその測定を行っていない。今後、実際に光子検出器の校正を行う際に、検出器を冷却する冷凍機の中に減衰器も設置し、その場で減衰器の性能評価も行うことにしたいと考えている。
ニュートリノが崩壊したときに放出する遠赤外領域の光子(ニュートリノ崩壊光子)を検出するために開発が進められている検出器は、入射窓から入った遠赤外線を回折格子で分光し、波長によって異なる位置に集光することができるようになった分光器の部分と、集光された光子を検出し、その集光位置から光子の波長やエネルギーを求めることができるようになったピクセル状の受光素子とで構成されている。特に、受光素子には、超伝導トンネル接合素子検出器(STJ検出器)と呼ばれる高感度な受光素子が用いられることになっており、目下、そのような素子の開発も並行して進められている。この様なニュートリノ崩壊光子検出器はまだ開発の途中ではあるが、現在、本研究で開発している遠赤外領域の光子パルスを照射し、その性能評価などを行える段階まで到達している。そこで本研究では、今年度、まずは上述のニュートリノ崩壊光子検出器の中に設置するための分光器の性能評価を行いたいと考えている。特に、遠赤外線を分光するための回折格子の回折効率の測定や、回折光を集光させるための光学系の性能評価などを行いたい。また、遠赤外分子レーザーの連続波をパルス波に変換する際、パルス時間幅をこれまでよりもさらに短くする試みを継続して行い、STJ検出器への短パルス光照射実験も実現させたい。さらに、以上の課題と並行して、遠赤外分子レーザーの新しい発振線の探索や、新しい出力鏡の開発など、このレーザー装置自体の性能向上のための研究も行いたい。
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 4件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (14件) (うち国際学会 4件) 備考 (1件)
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