2018年もLHC加速器の運転が続き、陽子・陽子衝突の積算ルミノシティも増加した。検出器中央部のリーク電流はリーク電流モデルと誤差範囲内でよく一致する。しかし前後方に位置する検出器のシリコンセンサー部分の温度の推定はこれまで困難で、モデルとの比較ができなかった。2018年に新たに開発した温度スキャン法により、電子回路上にある温度モニターからセンサー部の温度の推定に成功した。その結果、全検出器のリーク電流が放射線損傷モデルとよく一致することが分かった。 約4000台ある検出器のうち数百台では、2012年の運転で異常電流が観測されたので、印加電圧を通常の150Vより低く設定してあった。そのため検出効率が90%を切るケースが2018年の運転で出てきた。異常電流が小さいことを確かめつつ印加電圧を150Vに戻した結果、検出効率は98%以上になった。2018年の後半にはビームパイプに近い検出器の検出効率が下がり始めたので、印加電圧を250Vに上げて検出効率を98%以上に戻した。 シリコンセンサーは放射線損傷により全空乏化電圧(厚さ285ミクロン全てを空乏化するために必要な最小印加電圧)が変化する。予想では2016年後半にはビームパイプから30cmに位置する最内層で、N型からP型に変わるタイプ変換が起こったはずである。パルス波高の印加電圧依存性を調べた結果、タイプ変換の証拠が見えた。2018年末には全空乏化電圧は50V程度になるはずであるが、リーク電流・検出効率・雑音の印加電圧依存性からは100V近い値が得られた。モデルとの違いがなぜ起こったか調査中である。 2021-2023年の運転では、リーク電流がさらに増加し、より高い印加電圧も必要となる。そのためシリコンセンサー内部で発熱により熱暴走が起こる可能性がある。簡単な発熱の予想計算を行い、その危険性は低いことが分かった。
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