研究課題/領域番号 |
16K05405
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
田口 健 広島大学, 総合科学研究科, 准教授 (60346046)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 脂質融液結晶化 / 結晶化前駆体 / 時分割X線回折測定 / 偏光顕微鏡 / 放射光マイクロビームX線回折 / 光学異性体 / 結晶化前駆体 |
研究実績の概要 |
油脂(脂質)分子混合系の融液結晶化において、結晶核形成に先立つ液晶的な前駆体・中間相構造の発現を経て進行する場合があるのかどうか、また発現する場合の構造と成長キネティクスを明らかにすることが本研究の目的である。試料として用いるのは、食品油脂の主成分であるトリアシルグリセロール(TAG)であり、分子間化合物を形成することが知られているラセミ体PPO(rac-PPO)とPOPの1:1混合物を中心に研究を進めた。その融液等温結晶化キネティクスを偏光顕微鏡観察、時分割X線測定を用いて系統的に測定した。また比較検証のため、PPOの光学異性体である sn-OPPとPOPの混合物、またそれら各成分の単体試料も用いて同様の測定を行った。 偏光顕微鏡観察の結果から、ラセミ体を含む試料系(rac-PPO/POP混合物、rac-PPO単体)のみの特徴として、結晶成長後半における球晶モルフォロジーや複屈折性の変化とそれに伴う成長速度の低下を明らかにした。またrac-PPO/POP系でこの現象が観察される温度範囲が限定されることや、他の試料条件で観測される結晶構造の変化(多形転移挙動)とも異なることを明らかにした。 rac-PPO/POP系の時分割X線測定結果では前駆体発生を示唆するrac-PPO/POP系での小角X線回折(SAXD)先行発現を確認した。しかしながら、詳細なX線ピーク強度解析からはこのSAXDの先行発現現象は、この系のSAXDの相対的な強度の強さを反映している可能性も示唆された。また、成長中に明瞭な多形転移は確認できないものの、成長中にSAXDとWAXDの相対強度比が変化する特徴も確認された。 放射光マイクロビームX線回折測定によるモルフォロジー変化と構造の関係を探ったところ、球晶中心(成長前半)と周縁部(後半)ではわずかな格子定数と微結晶サイズの変化が存在することも明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H28年度当初計画にしたがい、各試料の融液等温結晶化X線時分割測定、及び偏光顕微鏡観察を成長温度を変えて系統的に実施した。その結果、ラセミ脂質分子を含む系の結晶化キネティクスに関した定量的データの取得とともにその特異性を確認することができた。さらに偏光顕微鏡観察からは、ラセミ体を含む系において成長前半と後半でのモルフォロジー変化や成長速度の低下という新たな現象を発見した。ラセミ体脂質分子を含む系での成長初期過程の小角X線回折ピークの先行現象に関しては、計画にあった試料界面の影響も系統的に検証し、この現象が界面配向由来ではないことも確認できた。一方、小角・広角回折ピーク相対強度の時間変化解析からは、H28年度に行った成長温度範囲における小角回折ピークの先行現象は、広角回折ピークとの大きな強度差による見かけの現象である可能性が示唆され、液晶的な中間相の存在を確証するまでには至らなかった。 当初では、冷却速度依存性の検証とさらなる低温領域までの拡張ため、X線測定用低温温度ジャンプセルの導入による実験温度範囲の拡張を計画していたが、装置の納入がH28年12月に遅れ、測定に向けた装置の最適化と調整、さらにそこまでの実験結果の解析に時間を要したため、H28年度内には低温領域での十分な測定と解析結果を出せなかった。 一方、当初計画ではH29年度に予定してた放射光マイクロビームX線回折実験の一部をH28年度に先行して行い、モルフォロジーと成長速度の異なる球晶中心部(成長前半)は球晶周縁部(成長後半)に比べ、わずかながらの格子定数の変化(約0.4%)と結晶サイズの微細化が存在することを見いだした。 以上のように、予想外の新たな観測結果や実験装置の調整遅延などに対応して当初年度計画の順序が多少前後した面もあるが、研究はおおむね順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
H28年度の実験結果から、ラセミ体脂質分子を含む系の結晶化キネティクスの系統的・定量的なデータの取得とその特異性を確認することができ、成長初期過程の小角X線回折ピークの先行現象の確認と、それが界面配向由来ではない現象であることも確認できた。しかしながら、時分割X線測定結による回折ピーク分離と相対強度解析から、この系における小角回折ピークの先行現象は、広角回折ピークとの大きな強度差による見かけの現象である可能性が示唆されており、H28年度に行った温度範囲では液晶的な中間相の存在を確証するまでには至っていない。 今後はさらに低温領域まで拡げて検証するために、H28年度に導入したX線測定用低温温度ジャンプセルと、H29年度導入予定(当初計画)の光学顕微鏡観察用・冷却温度ジャンプステージを用いて急冷・低温(高過冷却度)結晶化キネティクスの時分割X線測定と偏光顕微鏡観察を行い、急冷・低温域における結晶化初期過程の測定と多形現象との関係を検証する。 また、H28年度に発見された成長途上でのモルフォロジーとキネティクスの変化の原因解明のため、成長条件を測定に最適化した試料を用いて放射光マイクロビームX線回折測定を試み、結晶格子や微結晶サイズの変化と相関関係を引き続き検証する。また、低温領域(高過冷却度領域)の時分割X線測定が時間分解能の点で現有設備で困難な場合は、放射光を用いた時分割X線測定を検討・実施する。 ここまで明らかにしてきた結果から、脂質融液結晶化キネティクスの特異現象にはラセミ体が重要な役割を果たしている可能性が高い。そのため、rac-PPO中の各光学異性体成分の分別試料(sn-PPO、sn-OPP)を入手し、その成分比をコントロールした光学異性混合試料の融液結晶化キネティクスを調べることで、これらの系で現れる融液結晶化特異現象の背景を明らかにしていく。
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