研究課題/領域番号 |
16K05407
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研究機関 | 大阪府立大学 |
研究代表者 |
魚住 孝幸 大阪府立大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (80295724)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | X線分光理論 / 動的平均場 / 非局所応答 / 偏光依存性 / 強相関電子系 |
研究実績の概要 |
本研究計画は,X線分光の微細構造解析を通じて強相関電子状態に関する知見を得ることを目的に,申請者らが提案した動的平均場を考慮したスペクトル解析手法をもとに,具体系への応用を通じた実証・拡張により,新しい理論解析枠組みの構築を目指すものである. 29年度の主な実績として,まず,MO系(M=Ni,Co,Mn)および M2O3系(M=V,Cr,Fe)の2p内殻光電子分光(XPS)を対象に,非局所遷移に伴うスペクトル微細構造を系統的に調べた成果がPhysical Review Bに掲載された.[雑誌論文1] これは28年度から継続している播木敦氏(ウィーン工科大学)らとの共同研究によるものであり,スピン状態や軌道状態との関係,さらには低エネルギー励起構造に絡むスペクトルの線幅など,従来の理論模型では扱えなかった電子状態との関係を明らかにするものである. また,4f系Ce金属間化合物を念頭に,共鳴X線発光分光に絡む2編の論文がJournal of the Physical Society of Japanに掲載された.[雑誌論文2,3] これらは,指導院生であった雀部矩正氏(JASRI),藤内博記氏らとの共同研究によるものである.「論文2」では,近藤シングレット-局在スピン状態の遷移に伴う,共鳴X線発光分光の微細構造変化を議論し,近藤温度の低い系に対する新しい電子状態研究ツールになり得ることを提案した.「論文3」では,高分解能X線吸収(XAS)に相当する部分蛍光収量スペクトル(PFY-XAS)を扱い,現実的な価電子帯構造を考慮することで微細構造も含めてスペクトルがよく再現できることを示し,量子臨界点近傍でのキーパラメータである4f-5d電子間クーロン相互作用が正確に見積もれることを提案した. 以上の論文公表成果に関連したその後の発展などについては日本物理学会などで発表を行った.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究計画は,X線分光の微細構造解析を通じて強相関電子状態に関する知見を得ることを目的に,動的平均場を考慮した新しいスペクトル解析枠組みの構築を目指している.H29年度までは,[論文1]において3d系の典型物質であるMO系,M2O3系における2pXPSを系統的に扱い,3d系での動的平均場効果とスペクト微細構造に現れる特長を明らかにし,また,[論文2,3]において共鳴X線発光分光を対象として,4f系への適用についても具体的検討をスタートさせている. 本研究では,上記成果の発展に加え,さらに研究を展開すべく以下の課題などについても取り組んでおり,順調に進捗しているものと考える. (1)共鳴X線発光分光の遷移経路分解手法の考案:スペクトル関数表式における遷移経路について,既約テンソル分解の視点で新たにこれを整理し,特に,多結晶ではランクの異なる遷移経路間の干渉が消えることを見出した.ランクは始状態に加えられる角運動量という明瞭な物理的意味があるため,ランクに応じて実験スペクトルを分解する手続きを見出すことができれば,電子状態研究に新しいツールを提供できるものと考える. (2)統計的手法による固体パラメータの推定:本研究では,第一原理計算から固体パラメータを評価することで,解析における人為的エラーを極力排除することを基本的立場としている.一方で,実験スペクトルにウェイトを置き,統計的手法によりパラメータを客観的に導出することが可能となれば,2つの視点での検討が可能となり,より強固な基礎が構築できるものと考えられる.未発表ではあるが,29年度においてプログラムの高速化を図り,シミュレーティッドアニーリング手法による固体パラメータ評価の環境を構築し,実用性を確認した.今後はベイズ推定手法などの導入により,さらに信頼性を上げることで,本研究においても重要なツールになるものと考える.
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今後の研究の推進方策 |
29年度までに行った,MO系,M2O3系に対する2p内殻光電子分光の系統的研究により,非局所遮蔽効果が特徴的なスペクトル微細構造として3d系全般に見られることがわかり,本研究が提案する動的平均場を考慮する解析枠組みの有効性が確かめられた.今後は,ペロブスカイト化合物をはじめ応用寄りの物質への適用,またCe化合物をはじめとする4f系への適用も念頭に研究を進めていく. 4f系については共鳴X線発光分光に関する基礎的な結果を発表している[論文2,3].これらの研究を3元系などの実践的な物質に適用する方向で研究を進める.動的平均場が記述するスピン・軌道秩序に絡む異方的な非局所効果は偏光依存実験と密接に関連する.それは進捗状況に挙げた遷移経路分解発光分光と相性がよく,その視点からも検討を進めたい.多結晶に対する発光分光では,3つのランクから構成される遷移過程が実験的に2つに分離されることをすでに示した.今後は単結晶に対する特定の偏光配置を採用することなども検討に入れ,3つのランクに完全分離可能かどうか見定めたい. また,進捗状況に挙げた,統計的手法による固体パラメータの導出は本研究に対するより強力な基礎を与え得る点において重要である.現在までに基本的な物質に対する有効性は確かめているので,より実践的な物質をもカバーできるレベルにまで引き上げる. さらに,計算アルゴリズムについても効率的手法の探索・検討を行う.すなわち,主流の連続時間モンテカルロ法による手法に対し,配置間相互作用(CI)法に基づくアプローチについても引き続き検討する.金属系に対して電子―正孔対を好率的に取り込むCIアルゴリズムもごく最近考案されており,動的平均場の精度良い,効率的な計算手法として検討の価値がある.軌道縮重の無い場合については指導院生とともにすでに予備的検討を行っており,今後はそれをさらに発展させる.
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次年度使用額が生じた理由 |
所属大学業務とのバッティングがあり,当初出張を予定していたアメリカ物理学会参加・発表の予定を取りやめたため.計算プログラム開発および予備計算・予備解析の用途にある程度のスペックを持つノート型PCを購入することで有効に使用したい.
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