研究課題/領域番号 |
16K05409
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
枝元 一之 立教大学, 理学部, 教授 (80185123)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | バナジウム酸化物 / 薄膜 / 電子状態 / 金属絶縁体転移 / 光電子分光 / 全反射高速陽電子回折 |
研究実績の概要 |
バナジウム一酸化物(VO)は、物性的に興味深い物質であるにもかかわらず、大気圧下での合成が困難なため電子状態や金属絶縁体転移(MIT)の有無について未解決であった。本研究は、VOと格子の整合性の良いAg(100)を基板として用いることによりその単結晶薄膜を合成し、VOの電子状態を解明することを目指すものである。 平成28年度において、Ag(100)上に(1×1)周期のV酸化物薄膜を合成ことに成功し、さらに光電子分光(PES)及びX線吸収分光の解析よりこれをVO(100)薄膜と同定した。平成29年度は、この成果を踏まえ、VO/Ag(100)薄膜の構造、電子状態についてより詳しい解析を行った。 VO/Ag(100)薄膜について共鳴PES測定を行い、フェルミ準位-2.5 eVに主としてV 3dよりなる伝導帯、4 - 10 eVに主としてO 2pよりなる価電子帯が形成されることを見出した。これは、理論的に予想されていた電子状態にほぼ一致する。焦点となるフェルミ準位近傍の電子状態について、アンジュレータ-光を用いた高分解能PES測定を行った。その結果、薄膜は室温から4.86 Kまで金属的電子状態を持つことを見出した。これは、VOは他のV酸化物と異なり、MITを起こさないことを示唆するものである。また、VOの基底状態は金属か絶縁体かで理論的にも意見が別れていたが、本研究により基底状態は金属であることが確定的となった。 VO薄膜の構造について、NaCl型構造の(100)薄膜とするモデルを提案しているが、実験的データは得られていない。PESの結果を理論的に解析し、電子状態を解明するためには、その構造を詳しく解析する必要がある。そのため、全反射高速陽電子回折(TRHEPD)によるVO/Ag(100)の構造解析を開始した。現在、予備測定の結果を踏まえて、測定条件を検討中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度以降に設定していた計画は、(1)VO薄膜のMITの測定、(2)NbO薄膜の合成とその電子状態の解明、であった。平成29年度は、主として(1)についての研究を遂行した。 VO/Ag(100)薄膜について共鳴PES測定を行い、薄膜の価電子状態を解明した。フェルミ準位から2.5 eVまでの領域に観測されるバンドはV 3pの光励起閾値付近において強い共鳴を示し、これはバンドが主としてV 3dよりなる伝導帯であることを示すものである。室温における共鳴PES測定の結果、スペクトルのフェルミ端が金属的カットオフを持つことが分かった。これは室温において薄膜が金属的電子状態を持つことを示すものであり、これよりMITは存在するとすれば低温にある事が分かった。焦点となるフェルミ準位近傍の電子状態に対し、分子研UVSORにおけるアンジュレータ-ビームライン(BL5U)において高分解能PES測定を行った。室温から4.86 Kにおいて、薄膜のフェルミ端は金フィルムのスペクトルにおけるフェルミ端に一致した。これは、4.86 K以上において薄膜が金属的電子状態を取ることを示しており、これは他のV酸化物と異なりVOにはMITは存在しないことを示すものである。3d遷移金属のNaCl型monoxideは、構造の単純な強相関系として理論的に興味が保たれ、これまで研究が積み重ねられてきたが、VOのみはその基底状態が金属か絶縁体かで理論的に意見が別れていた。本研究の結果、その基底状態は金属であることが確定的となった。 VO/Ag(100)薄膜の構造を実験的に解明するため、全反射高速陽電子回折(TRHEPD)による研究に着手した。TRHEPDは最表面の構造決定に優れており、超薄膜の構造解析に最適である。現在予備的な測定の結果をもとに、測定条件およびモデルの検討を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
VO/Ag(100)薄膜について、現在下地と整合したVO(100)薄膜とのモデルを提案しているが、実験的証拠は得られていない。PESの結果をもとに電子状態を理論的に解析するためには、その構造を確定する必要がある。本年度は、TRHEPD測定により、その構造の実験的解明を行う。 平成28年度に実施したAg(100)上のV酸化物薄膜合成の条件探査において、V2O3薄膜も合成できることが分かり、LEEDの解析よりこれをコランダム型V2O3(0001)薄膜とするモデルを得ている。従来の研究では、金属表面上にV2O3超薄膜を合成すると、通常VO2との混合物になるとされているため、純粋のV2O3超薄膜の合成に成功した本研究の成果は貴重である。この薄膜についても、構造はモデルの提案に伴っているため、TRHEPD測定を実施して構造の実験的解明を行う。また、薄膜の電子状態について、PESによる解析を行う。平成28年度の条件探査では、さらに(4×1)の周期性を示すV酸化物薄膜が合成されているが、この薄膜についてはまだ組成すら決定されていない。本年度は、(4×1)薄膜についてもキャラクタリゼーションを行う。 Ag(100)上におけるNbの酸化物薄膜の合成を行う。Nbは高融点であるため、Vの場合と異なり電子ビーム蒸着源を通常の条件で働かせてもNb原子が飛散せず、蒸着を行うことが難しい。現在、より高電圧、高電流で蒸着源を働かせるためのコントローラーを試作中である。これを用いて、酸素雰囲気下でNbを蒸着することによるNb酸化物薄膜の合成を行い、NbOが合成できる条件を探査するとともに、その電子状態のPESによる計測を行う。
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