バナジウム一酸化物(VO)は、物性的に興味深い物質であるにもかかわらず、大気圧下での合成が困難なため、電子状態が未解明で、V酸化物が一般的に示す金属絶縁体転移(MIT)についてはその有無すら未解明であった。本研究は、VOと格子の整合性の良いAg(100)を基板として用いてその単結晶薄膜を合成し、VOの電子状態を解明することを目指したものである。 平成28年度においては、系統的な条件探査の結果Ag(100)上に(1×1)周期のV酸化物薄膜を合成することに成功し、光電子分光(PES)およびX線吸収分光の解析よりこれをVO(100)薄膜と同定した。これは、分光学的研究を可能とするサイズのVO結晶の初めての合成例であり、今後のVOの物性、機能性の研究の進展に資するところが大きい。平成29年度には、合成したVO薄膜についてPESによる詳細な電子状態の測定を行い、価電子帯の電子状態を決定し、これがほぼ理論の予測と一致することを見出した。焦点となるフェルミ準位近傍の電子状態について、放射光を用いた高分解能PES測定を行い、室温以下4.86 KまでVOの電子状態が金属的であることを見出した。VOの基底状態が金属か絶縁体かは理論的に見解が分かれていたが、本研究の結果はこれに明快な結論を与えたものである。また、他のV酸化物と異なり、VOはMITを起こさないことが明らかとなった。PESの結果を詳細に解析し、VO薄膜の電子状態を理論的に解明するためには、その構造の詳しい決定が必要である。最終年度(平成30年度)は、表面の構造を極めて鋭敏に決定しうる全反射高速陽電子回折を用いることにより、VO(100)薄膜の構造決定を目指した。その結果、単原子層VO(100)薄膜においてVとOは同一平面上に位置し、それらはAg(100)上0.18 nmに位置することを見出すなど、詳細な構造決定に成功した。
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