研究課題/領域番号 |
16K05413
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
徳永 将史 東京大学, 物性研究所, 准教授 (50300885)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | マルチフェロイクス / 強磁場 / 磁性 |
研究実績の概要 |
本研究の主な対象物質の一つであるBa2CuGe2O7に関して、以前に観測した磁化飽和後にも現れる顕著な電気磁気効果の微視的起源を解明する取り組みを行った。その一つとして行った光学測定では厚さ0.01mmまで研磨して透過配置での光学スペクトル測定を行い、d電子軌道間の遷移を観測して背景の電子状態を調べた。しかし観測されたスペクトルから考えると、電気磁気効果の鍵を握る電子軌道のエネルギーは磁場下の実験でアクセスできる波長域を外れていることがわかった。今後別の方法で電子軌道混成の磁場変化を検出するべく準備を進めている。この結果に関しては2017年11月に開催したマルチフェロイクスに関する国際会議APCTP-9でポスター発表を行った。 また別の対象物質であるBiFeO3に関しては高品質の単結晶試料に対して幅広い温度・磁場領域における精密な磁化および電気分極測定を行った結果、これまで知られていなかった新たな磁気秩序相の存在を明らかにした。この新しい磁気秩序相に関して、理論グループとの共同研究でコニカル型反強磁性の存在を提案し、中性子線回折グループとの国際共同研究によって実験的にもそれと矛盾しない結果を得た。さらにパルス強磁場下における精密な磁歪測定を行い、この物質の持つ強弾性歪みの存在とその非可逆な磁場制御を見出した。これらの結果をまとめた論文がPhys. Rev. Mater.に出版されている。 この両者の研究をさらに発展させるには結晶に印加する磁場方位を連続的に変えた環境での電気分極測定、磁化測定、磁歪測定、超音波吸収測定などが非常に有効になるという見通しを得ている。そこで最終年度にこのような研究展開をするための装置を開発している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初に予定した磁化の角度依存性を測定するプローブ開発は停滞した状況にあるが、研究全体の推進に向けてより強力なプローブとなりうる磁歪、超音波の測定手法は整って来ており、これらの物理量を連続的に変化させた磁場方位に対して測定する装置も完成に近づいている。 Ba2CuGe2O7の研究ではCuの3d電子と周囲のOの2p電子軌道の混成が、電気磁気効果の鍵を握ると思われる。その混成比率の変化を調べる手段として光学測定を行って来たが、波長域が観測可能な領域から外れてしまい、この方針を断念した。それ以外の手法として軌道混成による格子歪みを精密に調べるという手段が考えられる。我々はキャパシタンス法を用いたパルス磁場下における磁歪測定手段を開発し、放射光X線を凌ぐ精度での磁歪測定を可能にした。またパルス強磁場下における超音波測定の技術も確立しており、より高感度の検出が可能になっている。 磁歪測定の手法は別の主要な研究対象であるBiFeO3の研究でも活用している。我々の先行研究で、この物質の3回軸と垂直な方向に電気分極が存在することを検証している。この電気分極の存在は精密に見れば結晶の3回回転対称性が破れていることを意味しているが、これまで放射光X線を使った実験でも明瞭な証拠は示されて来なかった。我々はパルス強磁場下における磁歪測定を行い、5万分の1程度の格子歪みによって3回回転対称性が破れていることを明らかにした。またこの歪みは強弾性的であり、外部磁場の印加によって非可逆な形の制御をすることも可能であることを実証した。さらに同物質の室温付近における強磁場領域で、これまで知られて来なかった新しい磁気相の存在も見出した。理論および中性子グループとの共同研究(後者は国際共同研究)によって、この新奇磁気相がコニカルな反強磁性相である可能性を提案している。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では量子スピン系における電気磁気効果を解明し、強磁場下における電気分極測定を通じて背景にある磁気相の対称性を明らかにすることを大きな目標としてきた。それに不可欠な電気磁気効果を調べてきたが、具体的な成果としてはBiFeO3に関するものが多く、量子効果が効くような対象の物理に迫れていない。最終年度ではBa2CuGe2O7およびCsCuCl3の物理解明に、これまで以上に力を注ぎたい。パルス磁場下における超音波の測定が前年度でほぼ可能になり、この実験を磁場印加方向を変えながら行う測定系の構築も完了している。最終年度ではこの物質においてスピンが飽和した後も続く電気磁気効果の起源を調べるため、軌道混成の変化で生じる配位子の歪みを研究する。軌道混成による電気磁気効果が起源である場合、配位子の歪みは磁場印加方向によって特徴的な変化を示すと期待されるため、それを詳細に調べたい。 一方のBiFeO3においても我々の研究を契機としてこの古くから知られて来たこの物質に対する基礎物性の見直しが進んでいる。今後の方針としてこれまで我々が見出した新しい磁気秩序相における電気磁気効果の性質を調べるため様々な磁場方位における電気分極の磁場依存性を調べる。またこれまでの実験で傾角反強磁性相においても磁気秩序を起源とした電気分極の存在が示唆されているので、それをより直接的な形で検証し、微視的な起源を考察する。
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次年度使用額が生じた理由 |
この年度当初はBa2CuGe2O7における磁化の磁場方位依存性を測定するプローブの作製およびこの試料に対する光学測定の実験を予定していたが、この物質に対して行ったいくつかの予備実験の結果を見て方針を修正した。とくに並行して行ったBiFeO3に関する実験の方で大きな進展が見られたこと、この物質に関する研究の競合が激しくなって来たことも踏まえて、既存の装置でできる実験を優先したため、年度内予算の執行が予想より少なくなった。 平成30年度は研究室スタッフも増えたため、より精力的に研究を行う予定である。当初計画に記載した複屈折の実験にこれまで力を注げていなかったが、平成30年度から光学測定を専門とするスタッフが研究室に加盟したので、彼の力をかりながら研究を進展させたい。
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