研究課題/領域番号 |
16K05430
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
井口 敏 東北大学, 金属材料研究所, 准教授 (50431789)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 有機分子性導体 / 電荷秩序 / 金属ー絶縁体転移 / πーd相互作用 / 乱れ / 電子フィリング |
研究実績の概要 |
本研究は、強相関電子系である有機分子性結晶において、結晶内の不可避な乱れによるπ電子系の低周波電荷ダイナミクスの異常の起源を特定し、乱れとともに起こる強相関π電子系では例の少ない電子のバンドフィリング変化の効果や、近年注目されているπ-d電子間相互作用の効果を静的、動的物性現象の観測によって明らかにする。さらに電子系における電気磁気効果の探索や電子フィリング制御系の開拓を行うことで、分子性導体が有する複雑な階層構造の総合的な理解を進化させるととともに、新規物性現象を見いだしていくものである。 28年度は、近年新たに発見された電子バンドフィリングが整数比からずれたalpha’’-(BEDT-TTF)2RbCo(SCN)4における上記の研究を進めるにあたって、基本的な情報となる金属―絶縁体転移における電荷状態、低温でのスピン状態の詳細を明らかにすべく、輸送特性、磁気特性の測定に加え、光学スペクトル特性を調査した。これらの測定から、この系の金属-絶縁体転移は電子相関による電荷秩序絶縁体への相転移を示唆する結果を得た。さらに、絶縁体相での詳細なスペクトル解析により、絶縁体相の中でさらに磁気相転移を示唆する結果も得ることが出来た。 今後は、他の物性値の磁場中での変化の観測と合わせ、どのような磁気転移かを明らかにし、Coスピンの影響や電気磁気効果の探索を行っていく。さらに、冷却速度の違いによる物性変化や電荷揺らぎの変化など乱れの効果の観測も進めていく予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
28年度は、alpha’’-(BEDT-TTF)2MM’(SCN)4 (MM’=RbCo)の金属―絶縁体転移の起源と低温絶縁体相の詳細を調査した。この系と類似の物質にMM’=CsHg, KCoの組成のものが知られており、いずれも低温で金属-絶縁体転移を引き起こすが、その絶縁体相については抵抗率や磁化率といった限られた知見しか報告されていない。絶縁体相の候補としては、電荷秩序状態か電荷密度波状態が考えられるが、いずれであるかは分かっていない。RbCoにおいてもこれまで抵抗率や磁化率、熱起電力の測定を行ったが、それだけでは絶縁体相の起源の特定は不可能である。この原因はRbサイトの乱れやツイン構造のため、低温での構造解析による調査が困難なことが挙げられる。そこで、光学伝導度スペクトルを得ることで、絶縁体転移に伴うバンドギャップの様子、異方性などの情報を元に低温絶縁体相の起源に踏み込むことが出来ると考え、反射率スペクトル測定を行った。光学反射率スペクトルの測定は実験室系とSpring-8(BL43IR)を利用し十分広範囲のエネルギー領域で測定した。その測定データを解析し高精度の光学伝導度スペクトルを得ることが出来た。その結果、異方的ではあるが概ね2次元的なスペクトルが得られ、また、電荷ギャップは600cm-1程度と見積もられた。このギャップの大きさは転移温度の8倍程度もあり電荷密度波状態で期待される大きさより十分大きく、また、類似の構造を持つ電荷秩序転移を示す系のギャップの大きさと同程度であることが分かった。これらの結果は、この系の絶縁体相が電荷秩序であることを示唆する。また、スペクトルの温度変化を詳細に解析すると、絶縁体相の中でも約40Kの温度でさらに変化が見られ、磁気転移によるものと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
上記のように、28年度に得られた光学スペクトルの結果から、alpha’’-(BEDT-TTF)2RbCo(SCN)4の金属-絶縁体転移の様子とともに磁気転移に関する情報も得られてきた。今後は上記の目的に向けて磁気転移や乱れの効果を中心に研究を行っていく。磁性測定ではCoの局在スピンの影響でπ電子スピンの情報が大部分隠されてしまうが、遷移金属の磁性イオンを含まない物質との比較や、磁気輸送現象や磁気誘電現象、磁場中での熱電効果などの磁場中での物性変化を捉えることで、磁気転移を明らかにしていくことが出来ると考えられる。一方、連携研究者らによる光学非線形感受率の観測が行われ、金属-絶縁体転移に伴う部分的な反転対称性の破れを示唆する結果を得た。このことは絶縁体相での電気磁気効果の発現可能性があることを示唆しており、有機分子性導体ではほとんど例のない電気磁気物性の探索に期待が出来る。また、この非線形感受率は冷却速度に強く依存しており、乱れの効果の発現の一例と見なせるだろう。これらの情報をフィードバックしつつ、抵抗率、IV特性や電子ノイズ測定により金属-絶縁体転移温度近傍での徐冷、急冷の効果を明らかにする予定である。さらに、磁性や誘電性、電荷揺らぎへの乱れの影響や、電子相転移に関わる物性値のスケーリング則の観測により、今後発展が期待される乱れた電子状態における電気、磁気物性の基礎を明らかにしていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度の研究が効率よく進行したため発生した未使用額であり、研究遂行に関して問題はない。
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次年度使用額の使用計画 |
未使用額に関しては、次年度予算と合わせて次年度の研究の遂行に効率的に使用する予定である。
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