研究課題/領域番号 |
16K05432
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
森下 將史 筑波大学, 数理物質系, 准教授 (90251032)
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研究分担者 |
高木 丈夫 福井大学, 学術研究院工学系部門, 教授 (00206723)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ヘリウム / 単原子層膜 / ディラク粒子系 / 1次元フェルミ流体 / 吸着構造 / domain wall / QCM |
研究実績の概要 |
グラファイト表面に吸着した単原子層ヘリウム薄膜は、ほぼ理想的な2次元系を与える。3Heを少量混入した4He単原子層固相薄膜で観測された温度の自乗に比例する異常な熱容量の解釈として、これまで、吸着構造のdomain wallのみが流動性をもち、3Heはこの中を運動するため1次元Fermi流体や2次元Dirac粒子として振る舞っている可能性を提案している。より直接的な観測として、動的応答測定による流動性の検証を試みた。 水晶振動子の先端にグラファイトを取り付け、ここにヘリウムを吸着させて、共鳴周波数や共鳴線幅の変化を観測するQuartz Crystal Microbalance(QCM)と呼ばれる、微視的摩擦の研究手段として用いられている手法を用いた。 グラファイト上4He単原子層膜は、10 K以上の高温からslipと呼ばれる、振動基盤からdecoupleした状態となった。これは、低温で摩擦が減少することが原因である。QCMの低温での振る舞いは6.2 nm-2 以下の面密度と、domain wall構造が生ずる6.4 nm-2 以上の面密度では全く異なり、6.4 nm-2 以上の面密度でのみ、0.4 K以下の低温でslipが抑制されることが明らかとなった。これは、domain wall内の4Heが超流動状態となり、slipに対して超流動流がcounter flowを生ずることにより、slipが抑制されたと解することができる。即ち、本研究の1つの大きな目的であったdomain wallが流動性を有するとの仮説を非常に強く支持する結果を得た。一方、6.4 nm-2 以上の面密度では、さらに低温の数10 mK以下で、再び薄膜全体がdecoupleする現象が観測されている。この起源はこれまでのところ定かではなく、解明は今後の課題である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
仮説の立証のためにはdomain wallの流動性を示すことを直接的に観測することが必要となる。その一つの方法として動的応答測定が挙げられる。従来、動的応答測定は「ねじれ振り子」と呼ばれる手法が広く用いられてきたが、グラファイト上の流体相薄膜の超流動の観測も難しい状況であった。本研究では、微視的摩擦の研究に用いられるQCM (Quartz Crystal Microbalance)と呼ばれる手法を用いた。音叉型水晶振動子先端にグラファイトを取り付け、そこにヘリウムを吸着させて共鳴周波数や共鳴線幅の変化を測定する手法である。幾つかの試作を経て実験装置を完成させ、面密度を変化させながら、広い温度領域に渡り温度掃引を行う実験により、上述のとおり、slipの抑制と解釈できる現象を観測した。slipによりグラファイト吸着基盤からdecoupleしていたヘリウム薄膜が、その一部が超流動転移し、超流動の流路が基盤全体に及んだことによりslipに対して超流動対向流が生じたとの解釈である。これは、本研究の目的としていたdomain wallの超流動性を非常に強く示唆する結果であり、研究として非常に大きな進展があった。 一方、数10 mK領域で、ヘリウム薄膜が再びグラファイト吸着基盤からdecoupleする現象が観測された。domain wall構造が消失してslipの抑制が効かなくなった、或いは、薄膜全体が融解し超流動状態になった、などの可能性も考えられるが、このような低温で吸着構造が変化することは考えにくい。この再びdecoupleを生ずる現象については、その起源は不明であるが、特異な現象が幾つか観測されており、今後の詳細かつ注意深い調査が必要となるが、新奇かつ特異な現象の発見も大きな進展である。
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今後の研究の推進方策 |
音叉型水晶発振器を用いたQCM測定において数10 mK領域で観測されているdecoupleの再出現について、3Heを混入しての熱容量測定では同じ温度域で全く異常が観測されていない。3Heが不純物として状態の変化を阻害している可能性もある。これまでの純粋な4Heではなく、少量の3Heを混入してのQCM測定を行うことが、decoupleの起源を探る上で急務であり、最優先で行う。 数10 mK領域でのdecoupleの再出現については、強い振幅依存性も観測されている。通常、擾乱が強いほど安定相への転移は起こりにくく、転移温度は低温にシフトする。しかし、ここでは大振幅ほどdecouple onsetの温度が高い。また、エネルギー散逸のピークの高さは、ピークを与える温度に反比例するとの結果も得られている。さらに、ある程度大振幅で振動させると、小振幅に戻しても共鳴周波数やエネルギーは元の値には戻らず、あたかも少し大きめの振幅で振動させているかのような振る舞いを示す。振幅依存性やヒステリシスについて詳細な情報を得ることが、低温でのdecoupleの起源を探る上でも重要となる。詳細な測定を行うとともに、測定結果についてさらなる精査を行う。 QCM測定を面密度についてさらにfine gridで測定することにより、domain wallの超流動転移がslipの抑制(decoupleの抑制)と関係していることを明確にする。これと同時に数10 mK領域で観測されているdecoupleの再出現についても、面密度依存性と振幅依存性を精査する。 理論計算では、これまで、domain wallが流動性を持つか、或いは流動性をもつときそこの溶解した3Heがディラク粒子として振る舞うかについて、これまで明確な結論が得られていない。理論的な検証を続ける。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験・測定を優先し、予定していた国際会議に参加しなかったため次年度使用額が生じた。研究成果の公表のための出版費、旅費等に充てる。
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