研究課題
ゼーベック係数はキャリアーあたりのエントロピーに関係する物理量であるため、熱力学第3法則から絶対零度では消失すると考えられてきた。しかしながら絶縁体や半導体のゼーベック係数が低温極限でどのように振舞うかは実験的に明らかとなっていない。最近、強相関有機絶縁体の低温極限において巨大なゼーベック効果が見出された。この発見に着想を得て本研究では、シリコンなどの典型的なバンド絶縁体から電子相関の強いモット絶縁体や近藤絶縁体を含め、絶縁体および半導体の低温におけるゼーベック係数を系統的に調べ、固体の熱電現象についての新たな知見を得ることを目的としている。平成28年度はナローギャップ半導体の黒リンを対象として、その電気抵抗率、熱伝導率、ゼーベック係数を含む輸送係数について調べた。黒リンはグラファイトと共通の2次元層状物質であり、単原子層を容易に作り出せることから最近注目を集めている。また各層ではハニカム格子を台形状に折り曲げた特異な結晶構造をもつ。この構造の特殊性に起因して、基底面内に大きな異方性が電気伝導および熱伝導に現れることが期待されている。実験の結果、ゼーベック係数には低温でのみ異方性が現れること、またゼーベック係数の絶対値は低温極限で消失することを見出した。このことは有機絶縁体で見られた巨大ゼーベック効果は電子相関の強い系に特有の現象であることを示唆しており、黒リンのような相関効果に小さいバンド半導体では低温極限でゼーベック係数は有限値をもたない可能性があることが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
絶縁体および半導体の低温における熱電効果を系統的に調べる上で、平成28年度はバンドギャップ半導体の典型例としての黒リンの低温熱電応答を明らかにすることができ、研究目標に向けておおむね順調に進展している状況にある。
平成28年度ナローギャップ半導体の典型例としての黒リンの低温熱電応答を明らかにすることができたので、今後はシリコンなどのワイドギャップ半導体やモット絶縁体などの他のカテゴリーの半導体および絶縁体の極低温における熱電効果について調べていくと共に、絶縁体の熱電現象における電子相関効果についても明らかにしていく。
平成28年度に遂行した黒リンの低温熱電応答の研究には既存の装置を用いることが可能であることが分かり、新たに電圧計などを購入する必要性がなかったため次年度使用額が生じた。
平成29年度はシリコンなどワイドギャップ半導体の低温熱電効果についての研究を始める予定である。シリコンなどは低温で電気抵抗が非常に大きくなるため通常の低入力インピーダンスの電圧計を使うことができない。そのため平成29年度は入力インピーダンスの高い直流電圧計など高抵抗試料の輸送係数測定に特化した測定機器の購入に予算を当てる予定である。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件) 学会発表 (2件)
Journal of the Physical Society of Japan
巻: 86 ページ: 044711-1,10
http://dx.doi.org/10.7566/JPSJ.86.044711
Physical Review B
巻: 94 ページ: 075134-1,8
10.1103/PhysRevB.94.075134