研究課題/領域番号 |
16K05455
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
小原 顕 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 講師 (50347481)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 超流動 3He / 制限空間の超流動 / 低温アンプ / 低温技術 |
研究実績の概要 |
昨年度開発したポーラー相探索のためのNMR用低温アンプについて、さらなる性能改善を行った。主として、異常発振対策と負フィードバック・ループの追加によるダイナミックレンジの改善である。 続いて、希釈冷凍機をもちいて 50 mK における樹脂中の水素原子核および直径 1.5 mm の円筒(バルク)中の液体ヘリウム3のCW-NMR実験を行った。その結果、水素のNMR信号は低温アンプを用いることで問題なく観測することができた。液体ヘリウム3でのNMR実験については、低温アンプを用いず、コイル形状の最適化を試みた。まず、理論上、最も大きな信号が期待できるソレノイド型コイルで装置のテストを行った。ただし、ソレノイド形コイルでは、毛細管の軸とセンサコイルの作る磁場を平行に揃えることができない。そこで、サイズの異なるスプリット型コイルを3種類試したが、いずれの形状でも、NMR信号は観測できなかった。これは、3He 核が存在する部分に十分な振動磁場を作ることができなかったからであり、現実のコイル形状を用いた直接静磁場数値シミュレーションの結果とも矛盾しない。これを元に、現状での最適条件を推定した。 以上の研究に並行して、毛細管中の3He充填率を上げる方法を模索した。当初、単一のフォトニック結晶ファイバに微細加工のコイルを貼り付ける予定であったが、この方法では充填率・信号強度が足りないことがわかった。そこで、サンプル数を稼ぐためおよびセンサコイルの形状を大きくするため、ファイバ積層するのだが、単に積層するだけでは充填率が大幅に低下してしまう。そこで、今回は申請時よりも数多くの穴が空いているファイバを手に入れた。さらに、ファイバ外面の無駄な肉厚をエッチング処理したうえで隙間なく積層する技術を獲得し、充填率 0.1 とすることに成功した。 今後の本実験に向けた準備が整いつつ有る。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
低温アンプの性能については、水素核を用いた希釈冷凍機実験では安定して動作し、当初心配されていた発熱も冷凍に影響がない程度であることが確認できた。改善点もあきらかになったので、完全な実用化まではあと少しである。 しかし、NMRセンサコイルの形状最適化が予想以上に困難であり、バルクの円筒容器中の液体3He信号がまだ観測できていない。円筒軸に垂直に強い振動磁場を発生させるようなコイル形状は、古くから「スプリット巻き」と呼ばれる形状が良いとされてきたが、本実験のように極めて細長いサンプルに対して細長いコイルを巻くと、自己誘導係数が小さくなり、また、サンプルにかかる磁場も極端に小さくなるために、ゲイン30倍程度の低温アンプを用いたとしても十分な大きさのNMR信号が観測できない。今期の最後に、ようやく、直接数値計算システムが導入でき、現時点での最適形状とその場合の磁場強度の見積もりが終了した。この計算システムはセンサコイルの作る磁場を計算する汎用的なものであり、今後の考察・新規計測にも十分応用できるという意味で、今後の研究に貢献していると言える。また、フォトニック結晶ファイバを直接エッチングすることにより、センサコイル中にある3He核の充填率を大幅に向上させることができた。これは、当初想定していたマイクロコイル法の導入よりも簡単かつ効率が良い。 なお、実験セルのうち毛細管NMR以外の部分(熱交換器・静磁場コイル・Pt-NMR温度計・水晶振動子温度計)につていは制作が完了し、低温における耐圧テストも終わっている。 また、実験途中で本学のヘリウム液化施設の液化能力が低下し、本計画の供給優先順位が下げられたため、一部の実験を完遂することができなくなったことも遅れの原因である。
以上の点を総合すると、やや遅れているとせざるを得ないが、現段階では暗中模索ではなく、やるべき道筋は見えてきている。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度末に導入した直接数値計算システムによって最適化されたコイル形状を用いて、できるだけ早い時期に、希釈冷凍機を用いたバルクの常流動3HeのNMR信号測定を行い、必要ならパラーメータの再調整を行う。この実験では同形のセンサコイルを2つ用意し、低温アンプの有無により性能がどの程度変化するか定量的に評価する予定である。この結果は、昨年度制作したアンプの最終的かつ客観的な評価となるので、7月末から行われる国際会議QFS2018において研究発表する。 この予備測定が終わり次第、センサコイルを毛細管セルに設置し、最終的な実験セルのへの組み込みを行う。概ね6月に予定されている本学ヘリウム液化施設の供給能力が回復し次第、大型の各断熱消磁冷凍機に設置し、0.3 mK から 2.5 mK の超低温における超流動信号の探索を行う。測定はまずCW-NMR法で行い、常流動状態から周波数シフトの観測を行い、相を同定する。今回使用する毛細管の内径は 2.4 um であり、ポーラー相はバルクの超流動転移温度直下の極めて狭い温度領域にのみ存在することが予想されている。ポーラー相よりも低温においてはバルクのA相とほぼ同一の相の出現が期待される。ここで、ポーラー相とバルクのA相は共にESP状態であり、相転移しても帯磁率の変化はない。しかし、Waymann らの理論によれば、相転移があれば周波数シフトに不連続変化が生ずるはずである。これが見えるだけで、新たな発見であると言える。なお、Pt-NMR温度計の温度測定精度では感度ギリギリであるから、水晶振動子温度計を用いることになるだろう。 なお、低圧においては数ミクロン以下の隙間に液体ヘリウム3が導入できないという事例が報告されているため、試料であるヘリウム3は超臨界領域を経由するように、いったん、5気圧以上の高圧を経由するように液化を行う必要が有るだろう。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験セルを大型核断熱消磁冷凍機に搭載して実験するまでの準備段階において、センサコイルの最適化が予想以上に困難であったため、また、本学のヘリウム液化施設の一時的な不良(液化能力の低下・および回収設備の不調)により寒剤供給能力の低下があったため、液体ヘリウム消費量の少なく冷凍能力の小さい希釈冷凍機を断続的に利用せざるを得ず、当初予定した量の液体ヘリウム(寒剤・消耗品)を購入できなかった。次年度においては6月中に液化施設の能力が回復することが期待されるため、また、それまでにセンサコイルを含めた実験セルが完成できる見込みであるので、その後は、大量の液体ヘリウムを購入することになる予定である。 また、本年度は技術的な成果はあったものの、直接的かつ物理的な研究成果が少なかったため、本人が国際会議に出席せず、同一研究グループに属する教員・学生が本予算とは別の予算で出席し、本研究に関する情報交換を行った。来年度は研究成果が出るはずなので、夏に長期会議出張を見込み、本人および共同研究の学生複数名の旅費の支出も見込まれている。
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