研究課題
本研究の目的は、これまで孔径数nmの1次元トンネル中に吸着した1次元ヘリウム3量子流体の核磁気共鳴実験で得られた低温でのスピンスピン緩和時間の増大などが朝永ラッティンジャー液体の振る舞いによることを実証することでヘリウム3が朝永ラッティンジャー液体を実現していることを実証し、また相互作用依存性等を系統的に調べることでその性質を明らかにすることである。これまでに得られたNMR実験の結果が1次元系固有のものであることを実証するために、29年度は交付申請書および28年度実績報告書の今後の方策に記載したように、対照実験として、同程度の孔径で同程度の吸着ポテンシャルをもつが細孔が1次元的でなく3次元的に接続されている多孔体HMM-2を用いた吸着ヘリウム3のNMR測定を初年度の28年度に引き続き行った。28年度はHMM-2の細孔を1次元系の実験と同様に壁面をヘリウム4で1.6原子層コートしその上に吸着した0.08原子層以下のヘリウム3の帯磁率、スピン緩和時間の観測を行ったが、1次元系で特徴的な緩和が見られる温度域でヘリウム3がシングレット対を形成することが新たに発見され、スピンスピン緩和時間の増大が1次元固有のものであるということまでは実証できなかった。そこで29年度はシングレット対が形成されなくなると考えられている1.9原子層のヘリウム4上に吸着したヘリウム3に対してNMR実験を行った。その結果、3次元細孔中でシングレット対が形成されない場合スピンスピン緩和時間の温度変化はないことが明らかになり、低温における緩和時間の増大が1次元系特有の現象であることが明らかとなった。またヘリウム4コート量を変えることで、ヘリウム3の運動状態が大きく変わり、NMR緩和時間は1桁近く変化することが新たにわかった。これは、1次元系のヘリウム3の系統的な実験を進める上でも非常に重要な知見である。
3: やや遅れている
これまでの対照実験で得られた結果は、当初期待した通り、細孔の接続性によって吸着ヘリウム3の量子状態が本質的に異なることを示しており、これまでに我々が1次元トンネル内で観測していた現象が1次元系固有のものであることを強く裏付ける結果となっている。一方、当初予期していなかったこととして3次元系細孔中におけるヘリウム3の非常に長いスピン格子緩和時間があった。28年度の実験条件では緩和時間は1次元系に比べ1桁程度長いものであり、29年度の条件ではさらに1桁長いものとなった。この実験ではNMRの信号強度は非常に小さいため信号の積算が必要であるので、結果としてこの対照実験に長期にわたる測定が必要となり、1次元細孔中のヘリウム3自体の測定に使用できる時間を制限する結果となっている。しかしながら、この対照実験によって得られた成果は非常に重要なものである。朝永ラッティンジャー液体の振る舞いに合致する低温でのスピンスピン緩和時間の増大が1次元細孔中のみで見られる特徴的な現象であることを確定したほか、ヘリウム4コート量によってヘリウム3の運動状態が大きく変わることが新たに明らかになり、今後の1次元細孔中のヘリウム3の研究方針にフィードバックしていく必要があると考えている。
30年度当初は、現在行っている3次元細孔中のヘリウム3においてシングレット対をより生成しやすい、へリウム4コート量が少ない条件でのNMRの対照実験を完結させ、これにより、1次元系のヘリウム3のみに固有に現れる現象の切り分けを完了する。また、これらの3次元系で得られた結果は、ヘリウム4のコート量を変えることでヘリウム3の相互作用が制御できることも示す重要な結果となった。上記進捗状況に記載した通り、対照実験に長期を要したため、交付申請書「研究実施計画」からは計画の変更を余儀なくされているが、対照実験後は、再び測定対象を1次元トンネル中のヘリウム3に戻し、対照実験で明らかになったヘリウム4コート量によるヘリウム3の運動状態変化に的を絞り、ヘリウム4コート量を系統的に変えてヘリウム3のNMR測定を行う予定である。もともとヘリウム4コート量はヘリウム3が1次元系に移行するクロスオーバー温度を変えることは想定されていたが、今回対照実験から新たに明らかになった運動状態への影響の知見を踏まえて、朝永ラッティンジャー液体状態に合致するスピンスピン緩和時間の増大に対する影響や、その観測に最適な条件の探索などを行い、朝永ラッティンジャー液体状態の存在の実証をさらに進め、また相互作用依存性などについても明らかにする予定である。得られた成果は論文としてまとめるほか、国際学会等で随時発信していく予定である。
当初研究計画調書申請時には、老朽化した測定システムの更新を行うとしていたが、交付時の減額のため、交付申請書に記載した通り研究遂行に必要不可欠な寒剤費の確保を最優先することとし、大幅なシステムの更新は見合わせ小規模な部品交換等に使用して28年度から29年度にかけての次年度使用額を残した。さらに30年度からは研究室再編により研究方針の異なる研究室への所属替えがあり本研究に使用する寒剤費を独自に確保する必要が新たに生じたため、28年度の次年度使用額をそのまま29年度の次年度使用額として残すこととした。今後、30年度の予算と合わせ研究の進行に合わせて可能であれば装置の更新を行いたいと考えている。前年度同様、本研究費は主として実験を遂行するために必要不可欠な寒剤費に多くの部分を使用する必要があると考えられる。本研究費のほかに本研究を遂行するための経費を得られる見込みは現在立っていないので、昨年度に残した次年度使用額分も含めて使用していく予定である。また成果を国際的に公表するための旅費として、国際学会や日本物理学会の参加費用を使用する予定である。
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Journal of the Physical Society of Japan
巻: 86 ページ: 103601~103601
10.7566/JPSJ.86.103601