研究課題/領域番号 |
16K05478
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
下條 冬樹 熊本大学, 大学院先端科学研究部(理), 教授 (60253027)
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研究分担者 |
高良 明英 熊本大学, 事務局, 教室系技術職員 (70537092)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 計算物理 / ナノ組織化 / 構造不規則系 / 非断熱過程 / 第一原理計算 |
研究実績の概要 |
ナノ組織化した触媒や電極におけるイオンと電子の絡む複雑な反応過程を理解することを目的として研究を実施している。前年度に引き続き、電極に用いられる金属硫化物の生成機構を考えるために酸化モリブデンとイオウ分子の反応過程の第一原理分子動力学計算を行い、反応の自由エネルギーを見積もった。その結果、表面に酸素欠陥が存在した場合、ダイマーは表面上で安定構造を構成するのに対し、八員環分子は安定構造を持たず酸化物表面と反応しないことが明らかになった。酸化物とイオウの気相分子の反応から金属硫化物を効率良く生成するために有益な知見である。 酸化鉄をリチウムイオン電池の負極材として用いた場合、シリコンを混合させると電極が安定化し充電放電サイクルによる劣化が抑えられるという実験的報告がある。電極におけるLiイオンの放電反応を調べるために、Liイオンを吸着させた酸化鉄クラスターに対する第一原理分子動力学計算を行った。過剰な電子を系に追加することでLiイオンの吸着状態を実現し、電子を取り除くことで放電過程を観察した。純粋な酸化鉄に比べて、シリコンがドープされているとLiイオン放出に要する時間が長くなることが分かった。これは、安定なシリコン-酸素結合が形成されることによりクラスターの形状変化が起こり難くなっているためであり、実験事実を説明する合理的な結果である。 酸化チタンは光触媒の材料として用いられている。特に、ナノシート状の酸化チタンは反応性向上の観点から最近注目されている。酸化チタンナノシート内で光励起された励起子に対する非断熱第一原理分子動力学計算を行い、励起子の再結合時間等に対する酸素欠陥の影響を調べた。予想に反し、欠陥近傍では電荷分離が促進され再結合時間が長くなるという新奇な結果が得られている。 その他、スティショバイトの引張応力誘起アモルファス化機構の解明のための研究等も行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
各研究テーマに対して第一原理計算を実行し、その結果から多くの知見を得ており、研究進捗状況は概ね順調である。前年度課題としていた酸化モリブデンとイオウ分子の反応過程における自由エネルギーの評価を行い、イオウ分子の形状と反応経路の関係を明らかにして学術論文として公表した。リチウムイオン電池の電極をモデル化した酸化鉄クラスターからのLiイオンの放電過程を調べ実験結果の説明に成功した。これに関しては、結果を学術論文として投稿中である。酸化チタンナノシート内での励起子の非断熱ダイナミクス計算においては、酸素欠陥が励起子の再結合サイトになると予想していたところ、欠陥近傍では励起子の寿命がむしろ長くなるという驚くべき結果を得たため、すぐに学術論文として投稿し既に出版されている。スティショバイトの引張応力誘起アモルファス化に関しても実験グループと共著で学術論文を公表している。テルルナノシートの構造安定性、分子性固体に対する誘電応答に関しては実験グループと共同で研究を開始し、研究成果を得る見通しがついたところである。
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今後の研究の推進方策 |
酸化モリブデンとイオウ分子の反応過程、リチウムイオン電池電極からのLiイオンの放電過程、酸化チタンナノシート内での励起子の非断熱ダイナミクス、スティショバイトの引張応力誘起アモルファス化過程に関する研究はほぼ終え、論文を投稿・出版しているが、これからも実験家と協力して新しい知見を得るべく展開させていきたい。今後の新しいテーマとして、種々のナノシート物質に注目して研究を行う予定である。最近、テルルやセレンといったカルコゲン元素から構成されるナノシートが実験的に合成され構造の多様性が注目されている。テルルナノシートに対する予備的な計算から、様々な準安定構造を有することが分かってきた。各構造に対する電子状態、動的安定性を評価しカルコゲンナノシートの凝集機構を解明すると供にこれらナノシートにおける光励起キャリアダイナミクスを調べる。特に、単体ナノシートだけでなく、テルルとセレンが混合したナノシートにも注目したい。種々の物質の誘電応答を把握することは基礎物性の観点および実験結果を理解する基礎知識として重要である。今後、まずはポリエチレンなどの分子性固体に対する電場を印可した第一原理計算を行い、誘電応答の異方性や不純物依存性を解明する。その他、共同研究を行っている実験グループから最新の実験結果の報告があった場合は、その解釈のための計算に取り組む予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
既存物品を利用することで物品費の支払い額を抑えたことにより次年度利用額が生じた。次年度交付金と合わせて消耗品費または旅費として使用する。
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