研究実績の概要 |
今年度は1次元模型による構造相転移の研究と2次元スピン系のエンタングルメント・エントロピーとウェーブレット解析との関連を指摘する研究を行った. 以下にそれぞれの研究成果について述べる. (1) スピン変数を持つLennard-Jones(LJ)粒子のシミュレーションを行った. 粒子の運動は1次元上に制限されているが, スピン間相互作用は長距離相互作用により有限温度で相転移を示す. スピン間相互作用が強磁性的である場合には, 転移温度で体積の増加, 振動数の減少などが観測された. 反強磁性的な相互作用を入れた1次元2本鎖模型では, スピン相互作用とLJ粒子の相互作用との間のフラストレーションに起因する構造相転移が観測された. 臨界領域では, 格子のソフト化が観測され, また, 相転移の普遍クラスが長距離のスピン相互作用から期待されるものとは異なるという結果が得られた. この結果の解釈については今後の研究課題として残されている. (2) LJ粒子の運動の解析に用いたウェーブレット解析がスピン系のエンタングルメント・エントロピー(EE)の解析に応用できることに気がついたため, 本来の研究目的から少し離れるが, EEとウェーブレット解析との関連について調べた. ウェーブレット変換は画像データの圧縮などに使われているアルゴリズムである. この変換は可逆であるため, 圧縮されたデータから元のデータを復元することが可能である. つまり圧縮の後で残した情報量と除去した情報量の和が常に保存されている. この対応関係とCalabrese-Cardyの式を用いて, ウェーブレット変換で圧縮される情報量からスピン系の臨界現象が解析できることを示した. 画像変換と臨界現象との関係については以前から議論されているが,その関係について明確な形で示したのは本研究が初めてだと思われる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
1次元模型による解析が現在も進行中であり, 予定していた計画よりも遅れている. 遅れの原因となった主な理由は以下の3つである. (1)初年度において, 本研究の前提となるスピン模型の緩和過程の研究に修正が必要となり, その遅れをまだ取り戻せていない. (2)分担研究者として並行して進めている研究において一つのゴールが達成される見通しがついたため, 予定していたエフォート配分を超えて今年度は多めに振った. (3)エンタングルメント・エントロピーとウェーブレット解析との対応関係の解明にエフォートを割いた.
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今後の研究の推進方策 |
上の進捗状況に記述した理由のうち, (2)は見込み通りの成果が得られたため, 今後は分担研究のエフォートを減らし, 本研究へのエフォートに充てる. (3)のスピン系のエンタングルメント・エントロピーとスピン配置(画像)との関係については今後も研究を進める予定であるが, 最初の突破口は越えることができたので, 今後は構造相転移の研究をメインの柱としてエフォートを集中配分することで, 遅れを取り戻すつもりである. 具体的には, 以下の(i)と(ii)の課題について順番に取り組む. 1次元模型の解析をさらに進め, 構造相転移するスピン模型の臨界現象とダイナミクスについての相関関係をはっきりとさせる. (ii) 1次元模型の結果を踏まえ, 2次元模型の解析を行う. 解析手法は1次元模型の解析でほぼ整うので, 2次元模型の解析は, データを取る時間を別として, 1次元模型ほど時間はかからないものと見込んでいる.
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