研究課題/領域番号 |
16K05498
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
井上 遼太郎 東京工業大学, 理学院, 助教 (20708507)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 量子エレクトロニクス |
研究実績の概要 |
平成28年度は,これまでの研究で問題となっていた,光格子中の極低温原子系における"不本意な加熱"要因の同定・対処を目的として,特に光格子用光源の周波数および強度の高度な安定化と,機械的な振動からの保護を目的とした光学系の改良を行った.本研究を開始した当初,光格子に導入する以前の原子系は十分な低温にあると評価されている一方で,光格子に導入した後の加熱が想定より大きく,この問題への対処が本研究課題遂行における最大の問題であると目された.加熱の主要因は光格子ポテンシャルの振動であろうと考えられ,その振動は光格子用光源の強度ゆらぎ,周波数ゆらぎ,さらに光学系の機械的な揺れに由来するものと予想された.強度や周波数に関しては,従来より広帯域の制御系を実装し,また機械的な揺れに対しては可能な限りモノリシックな光学系への抜本的な切り替えによって対処した.これらの主要な改善に加えた様々な最適化の結果,極低温領域の強相関系に特有のモット絶縁体相を実空間観測することに成功した.すなわち,"不本意な加熱"は現状では十分なレベルで抑圧できたといえる. モット絶縁体相は,温度ゼロの極限ではサイトあたりの原子数が完全に確定した状態であるが,有限温度の系では温度に依存した粒子数のゆらぎを持つ.今年度の研究では,光格子ポテンシャルに自然に重畳されたゆるやかな調和振動子型ポテンシャルの寄与を有効に利用した温度/エントロピーの推定を実現した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究計画では,極低温原子系における加熱要因の推定とその対処を目標としていた.本年度の研究成果は,これに予定通り対処した上で,モット絶縁体相を生成・顕微観測したものである.加えて,自然に重畳されたポテンシャル勾配を利用した温度推定まで実現できた.
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究はボース粒子系が対象であったが,研究が当初計画以上に進展していることを鑑みて,より広範かつ重要な物理にアプローチするために,フェルミ粒子系への拡張を行う予定である.私がこれまでに開発してきた光格子中の原子に対する単一サイト分解能での実空間蛍光撮像技術は,レーザー冷却技術に依存しないことが大きな特徴であり,フェルミ粒子系への切り替えにあたって必要となるのはいくつかの光の周波数のわずかな修正のみであろうと期待される.このような一般性を実証することが平成29年度における第一の研究目標である.これは,本研究課題において,フェルミ粒子系での温度評価を実現するにあたっての準備と位置づけられる. 並行して,光格子中での高度なポテンシャル制御を実現する.これまでの研究で利用してきた光格子系は,光の定在波を利用したもっとも単純な構成であった.したがって,理想的な周期ポテンシャルに加えて,光ビームの強度分布に由来する比較的ゆるやかな調和振動子ポテンシャルが重畳していた.平成29年度は,新たに制御された光源を準備し,この光によるあらたなポテンシャル構造を追加することで,不要なポテンシャル勾配の除去ならびに精密制御を実現したい.
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画の段階では,すでにある程度の調査・対策を試みていたにも関わらず,光格子中で極低温原子を加熱してしまう要因の特定に至ることができていなかったことに加えて,本研究計画遂行にあたってその対策が必須であることから,この問題への対処に多くのリソースを費やす必要があるだろうと考えていた.しかしながら,システムを根本的に改良する決断が功を奏し,想定よりも短期間で問題を解決し,計画していた以上に研究を進めることができた.そのため,より効果的な予算執行のために次年度使用額を生じさせることとなった.
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次年度使用額の使用計画 |
修正計画では,実験で使用する原子種の切り替えに加えて,光格子ポテンシャルの局所的な制御をおこなうための光学系を本年度中に完成させたいと考えている.そのためには,制御可能な強度分布を持った光ビームを生成する必要がある.そこで,デジタル・マイクロミラー・デバイスを新規に導入することを計画しており,制御のために新たに必要となる光学素子等も含めて,前年度の未使用額を活用する予定である.
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